ロシアのスパイが発覚した場合:弱腰なのは日本と同じ?

オーストリアの対諜報機関によると、39歳の男性がロシアの諜報機関のエージェントとして働いていた疑いがもたれている。ロシア系のギリシャ人が、ロシアの秘密情報機関の「ロシア連邦軍参謀本部情報総局」(GRU)のために数年間スパイ活動を行い、オーストリアの国益を害した疑いが発覚したというのだ。オーストリア内務省が19日、公表した。容疑者は、現役時代に外交官としてドイツとオーストリアに駐留していた元ロシア諜報機関職員の息子だ。

ウィーンを愛するスパイたち(2022年12月20日、ウィーンで撮影)

オーストリア日刊紙「クローネ」が報じたところによると、国家安全保障情報局(DSN)の捜査は、ウィーン検察庁の要請を受けて行われた。内務省によると、39歳の容疑者は、ロシアで特別な軍事訓練を受けた後、GRUで働いていた。彼はさまざまな国の外交官や情報当局者と接触していた。彼はロシア軍によるウクライナへの軍事侵攻の前とその後にもモスクワに戻っている。オーストリア内務省は、「男性は、オーストリアの外交・安全保障政策、ウクライナ戦争の反応などに関する情報をモスクワに報告していた」という。

また、「容疑者は過去、ほとんど収入がないのにもかかわらず、2018年から22年初頭までの期間に、合計65回、オーストリア国内外を旅行している。他のヨーロッパ諸国だけでなく、ロシア、ベラルーシ、トルコ、ジョージアにも投資し、ウィーン、ロシア、ギリシャでいくつかの不動産を取得している」という。

なお、アンチ・テロ対策のコブラ部隊は今年3月、ウィーン市22区の容疑者の拠点を襲撃し、信号検出器、聴取装置、防護服、携帯電話、PC、タブレットなどを押収、そこから数百万件のファイルが見つかっている。

容疑者は現在、裁判が始まるまで自由の身だ。裁判でオーストリアに損害を与える秘密諜報活動が実証された場合、刑法では6カ月から5年の懲役刑が言い渡される。同容疑者は外交官のステータスを保有していないので、オーストリア側は基本的には容疑者を逮捕、拘留できる。オーストリアのカルナー内相は、「緊密な国際協力に基づいたすばらしい調査官の成果だ」と今回のロシアのスパイ活動摘発を評価している。

オーストリアとロシアは戦後から友好関係を維持してきた。欧米諸国がロシアに制裁を科す契機となったウクライナのクリミア半島の併合や英国に亡命した元ロシア人スパイの毒殺未遂事件についてもオーストリアは直接のロシア批判を避けた。多くの欧米諸国がロシア人外交官の国外追放制裁に出た時もオーストリアはロシア外交官の退去要請を避けるなど、ロシアの顔色を常に窺う外交を展開してきた。ちなみに、オーストリア連邦軍の退役陸軍大佐(70)が2018年11月、過去20年間以上にわたりロシア側にさまざまな情報を流していたことが発覚している(「退役陸軍大佐、ロシアに情報流す」2018年11月11日参考)

東西冷戦時代からオーストリアの首都ウィーン市には旧ソ連と欧米諸国のスパイたちが暗躍していた。彼らはいろいろな名目で潜伏しながら、歴史の舞台裏で活躍してきた。スパイたちがウィーンを愛する理由は、①ウィーンが地理的に東西両欧州の中間点に位置する、②オーストリアが中立国家である、③ウィーン市が第3国連都市である、④石油輸出国機構(OPEC)など30を越える国際機関の本部がある、等が挙げられる。そしてスパイたちは①自国大使館内の1等、2等書記官の立場、②ジャーナリスト、③国連職員や国際機関のスタッフという立場で暗躍する。

「会議は踊る」と揶揄されたことがあるウィーンでは、舞踏会のシーズンとなれば到る処からワルツが流れる。ウィーンっ子はモーツァルトやベートーヴェンの音楽よりも、ヨハン・シュトラウスのウィンナー・ワルツをより愛する。そのワルツに乗ってスパイたちが息を潜めながら舞い続けるわけだ(「スパイたちが愛するウィーン」)2010年7月14日参考)。

プーチン大統領は19日、治安部隊に対し、「外国の諜報機関の行動は直ちに鎮圧されなければならない。裏切り者、破壊工作員、スパイは捕まえなければならない」と強調し、スパイ活動の強化と共に外国スパイ活動の撲滅の檄を飛ばしている。

オーストリア内務省は先の39歳のロシア系ギリシャ人に対して、同容疑者が裁判開始前にモスクワに戻るならあえて拘束しないのではないか。オーストリアはロシアとの関係を険悪化させたくないからだ。だから、今回の件では国外追放で幕を閉じたいはずだ。ちなみに、ウィーン検察側は、「容疑者は逮捕されていない。差し迫った危険はなく、再拘留の条件を満たしていないからだ。そのうえ、EU市民は原則的に自由に旅行できる」と説明している。

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編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2022年12月21日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。