外交評論家 エネルギー戦略研究会会長 金子 熊夫
今年一年を振り返って、最大のニュースはやはりロシアの侵攻によるウクライナ戦争でしょう。開戦から10カ月経った現在も、戦況は相変わらず一進一退が続いており、何時終わるかも予測できません。切羽詰まったプーチン露大統領がいつか核兵器使用という最悪のカードを切るのではないかとの懸念も消えていません。
この戦争は、第2次世界大戦以後77年の長きにわたって戦争とは無縁であった日本にも大きな衝撃を与えました。ウクライナ戦争自体は、遠く離れたヨーロッパでの出来事で、日本が直接大きな影響(エネルギー分野を除き)を蒙ったわけではありませんが、この戦争を契機に、日本の周辺でも様々な不穏な動きが見られます。
端的に言えば、北朝鮮が新たに核実験をするとか、中国が台湾の武力解放(台湾有事)に踏み切るのではないかという懸念が払拭できません。そうなった場合に日本はどう対応するか。
こうした不安定な国際状況の中で、岸田政権下の日本政府は、12月半ばに、いわゆる「反撃能力(敵基地攻撃能力)」を含む防衛力の強化策を打ち出しました。これは現行憲法の下で、「自衛権」を厳格に解釈し、「専守防衛」を基本とする、戦後一貫した日本の国防政策を安倍政権時代から更に一歩前に進めるもので、目下国内で激しい政策論争が展開されています。
このような折も折、私は、さる12月3日、故郷である新城市のライオンズクラブ主催の「平和を学ぶ講演会」に招かれ、同市の文化会館で、主に市内複数校の中学生を対象とした講演を行いました(本紙12月4日)。演題は「激動の世界の中で日本の平和とくらしをどう守るのか?」、副題は「次代の日本の運命を担う若い人たちへの期待と助言」でした。
実は、私は9月にも、母校である新城市立東郷中学校で同じようなテーマで講演を行いましたが(記事「なぜ戦争は無くならないか?日本の平和と安全を守るために」)、今回も事前に中学生たちにお願いして、質問事項や意見などを書いて出してもらい、それを基にしてお話を進めました。
そもそも非常に複雑で難しいテーマですし、しかも時間的制約もあって、彼らとの両方向の意見交換が十分にできたとは言えませんが、それでも彼ら中学生諸君の気持や問題意識を凡そつかみ取ることが出来たと考えています。
当日の模様をここで詳しく再現することは不可能なので、事前に中学生たちから提出された意見や質問と、これに対する私の回答(当日会場で参加者に配布された資料)から、いくつかをピックアップして、お伝えしましょう。(個人情報の保護のため、生徒たちの所属校名と氏名は伏せておきます)
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Aさん: もっと日本が戦争の悲惨さを世界に発信していかなければならないと思います。同じ人間同士なのに殺し合いをするのは、生産性がないと思います。戦争は、もし始めようと考えるならもう一度考え直し、もっと他の道が無いのか考え、同じことを繰り返さないようにしないといけないと思います。自衛隊は、災害の時、助けてくれるからいいけど、他の国の攻撃を迎え撃つのは、他の国と戦うということ、憲法第9条に違反していると思います。
金子:あなたの言うとおりですが、現実の世界には無法な国がいくつかあり、悪さをするから困るわけです。そうした国からの不法な侵略に備えることも必要だと思います。日本だけが例外で、絶対に安全ということはあり得ません。日本の自衛隊は本来外国の侵略から日本を守るためのもので、災害救助などは副次的な任務。問題は、現行の憲法が自衛隊の存在を否定している(ように解釈される)ことで、ここを改正して「自衛権」をはっきり謳い、自衛隊に正当性を与えることが必要だというのが私の意見です。
Bさん:日本みたいに戦争を放棄するという憲法を定めていない国が多いから、戦争がなくならないと思いました。なぜ他国は戦争を放棄する憲法を定めないのか。憲法第9条は、日本が平和を維持するために必要な規定だと思います。
金子:憲法で日本が戦争を放棄したと宣言しても、日本国憲法は他国には無関係で、戦争が日本を放棄することはありません。他国がすべて日本のような憲法を持ってくれることが望ましいのですが、現実にそれを期待できません。
C君:世界には軍隊を持たない平和な国があるのに、なぜ多くの国が軍隊を持ち戦争をするのか疑問に思います。
金子:例えばスイスのように「永世中立」を宣言して、長年平和を維持してきた国でも、一定規模の軍隊(常備軍)を持っています。国民皆兵を国是としており、男性の一般市民には兵役義務が課され、随時軍事訓練を受けています。兵役の代わりに社会奉仕に従事するという選択肢も用意されています。
Dさん:なぜ戦争がなくならないのかうまく説明ができませんが、私は戦争はなくならないものだと思います。なので、自分たちが戦争に巻き込まれないようにするのが大事なのかなと思いました。
金子:勿論自分の国が戦争に巻き込まれないようにすることが第一ですが、いつか不心得な国が攻めてくる危険性は排除できないので、それには十分備えるべきでしょう。
E君:日本は非核三原則を設けて、核兵器の廃絶を世界に広げようとしているのに、アメリカの核の力で守られていたら、核兵器の廃絶は世界に広がっていかないと思います。また、国連憲章で、自国を守るためなら武力が使えるとされているから武力衝突は絶えないと思います。武力での解決は、過去の戦争などからよくない方につながるとわかったはずなのに、今でも武力での解決をしようとするのはおかしいと思います。
金子:被爆国の日本が、近隣国からの核脅威に対し米国の核抑止力(核の傘)で守ってもらっているということと、核廃絶という理想の実現に向けて努力することは必ずしも矛盾していないので、大いに努力することは大事だと思います。しかし、世界は、というより人間社会はとても複雑で、単純に白黒をつけられません。とくに日本の場合、地政学的にみて、武力無しで平和を維持するのは残念ながら難しいですね。そのために自衛隊を持ち、日米安全保障条約を結んでいるのです。
Fさん:最近のウクライナ問題を聞いていると、怖いなと思いつつ何処か他人事のように、自分には関係ないことであってほしいと思います。だからこそ、より具体的に、国民がついていけるように国際情勢の改善を図ってほしいです。拉致問題などの式典があるたびに総理は「一日も早い解決を図る」というけれど、一向に解決する兆しが無いので、口だけだと感じることがあります。あまり信用のできない政府に自分や大切な人の命を預けるのは難しいです。憲法改正は戦争をしたいが故ではない、と言うのは分かるけれど、今の政府、与党がそう訴えても、国民として完全には信用できないです。また、ウクライナに食料や治療道具などは良いと思うのですが、武器を送るのは争いの長期化につながると思います。アメリカも多大な支援をしていますが、その分長期化していくのではないでしょうか。
金子:日本政府も国際平和維持のために日頃いろいろ努力はしていますが、現実の国際社会には、ロシア、中国、北朝鮮のような国が存在し、自分勝手に動いているので、どうしようもありません。国内社会のような軍隊も警察も裁判所も無いから、これらの国を完全に抑えることは非常に困難です。だからと言って、自分の国の政府を信用しないで、どの国の政府に守ってもらうのですか。ウクライナ支援はあくまでも人道支援に留めるべきで、軍事的な支援は不可というのは同感です。
G君:日本政府が自衛権について外国から攻撃されたときに自国を守る個別的自衛権を行使することができるのは良いと思いますが、日本と関係の良い国が他国から攻撃された時に、日本も一緒に攻撃することができる集団的自衛権を認める理由があまりよくわかりません。いくら関係が良いとはいえ、その2つの国で争わせておけばいいのに、日本が自ら争いに参加することで関係が良い国との絆は深まるが、日本が負ってしまう損傷のほうが、ダメージは大きいと思います。人口も減ってしまうし、食料も少なくなってしまったり、土地を奪われたり、奴隷にさせられたりする可能性もあるかもしれません。このようなことを考えたときに、もちろん戦争自体がなくなることがいいけれど、避けるための集団的自衛権は廃止してほしいです。
金子:日本は単独では十分防衛できないので、米国と安全保障条約を結び、万一の場合に助けてもらう体制をとっているわけです。危険な状況になったとき自分を守ってもらうだけで、相手(米国)が窮地に陥った時に助けないようでは、日本の万一の場合に助けてもらうことは期待できません。英語の諺で”A friend in need is a friend indeed”というのはまさにそういう意味です。ただ、一番大事なことは、自分の国は自分で守るという気概(心構え)を持つことで、そのことを憲法にも明記すべきだと私は考えます。
H君:戦争が無くなるためにはどうしたらよいと思いますか。
金子:その方法を発明すれば、ノーベル平和賞を100個もらえます。
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紙幅の都合でこの辺で端折りますが、他にも是非紹介したい、真面目なコメントが多数あります。いずれも、複雑で難しい問題に正面から向き合おうという若者らしい真剣な気持が滲み出ており、正直感心しました。
それに比べ、大人たちは日頃、日本の平和と安全保障問題について、自分自身の問題として本当に真剣に向き合ってきだろうか。世間から右だ、左だ、タカ派だ、ハト派だとレッテルを貼られることを嫌って、問題点の本質を見極め、現実的な対応策を考える努力を怠ってきたのではないか。私自身を含め、大人たちは今深刻に反省する必要に迫られているのではないかと思います。
※ 憲法問題に関する私自身の意見は、本紙「令和つれづれ草」の連載で述べてあり、バックナンバーはすべて私のウェブサイトで自由に閲覧できます。
(2022年12月25日付東愛知新聞令和つれづれ草より転載)
編集部より:この記事はエネルギー戦略研究会(EEE会議)の記事を転載させていただきました。オリジナル記事をご希望の方はエネルギー戦略研究会(EEE会議)代表:金子熊夫ウェブサイトをご覧ください。