「消費税率100%の世界」は今ここにある

池田 信夫

明けましておめでとうございます。

岸田政権は手詰まりになっているが、まず「政治的に可能かどうか」を考えると、ほとんどの政策は不可能になってしまう。正月ぐらい不可能な政策を考えてみよう。


「朝まで生テレビ」の小川淳也氏の発言が話題を呼んでいるが、これは彼の持論で、5年前には100年後には消費税率は100%になるという夢を語っている。これはそれほど荒唐無稽な話ではない。

あなたはすでに消費税を100%負担している

日本の国民負担率(税+社会保険料)はすでに44.3%になっており、国債の潜在的な国民負担を含めると、国民所得415兆円(GDPとは異なる)の56.5%になる。これは金額でいうと234兆円、消費税に換算するとほぼ100%である。

財務省の資料より

だから所得税・法人税と社会保険料を廃止して、すべての国民負担を消費税に置き換えると、税率は100%になる。いいかえると、あなたはすでに消費税に換算すると100%負担しているのだ。その半分近くが「保険料」という擬制になっているから見えないだけである。

「輪転機をぐるぐる回してマネーを発行しろ」というネトウヨから、消費税を廃止しろというれいわ新選組に至るまで、この事実を知らない。統合政府の中で債務をつけかえても、これから発生する国民負担をなくすことはできないのだ。

現役世代の負担は増え、給付は減る

超高齢化で社会保障の給付は、2040年度には約188兆円に増え、48兆円の負担増が必要になる。これをすべて消費税でまかなうと22%ポイント増で、税率は32%になる。

厚生労働省の資料

これは政治的には不可能だが、給付が増えることは事実なので、社会保障特別会計の赤字は大きくなる。それを一般会計の社会保障関係費36.3兆円で埋め、これは一般歳出(裁量的経費)の半分を超えている。これが国債の新規発行額35.6兆円にほぼ対応する。

つまり国債は社会保障の赤字の穴埋めに使われているのだ。これは税で償還する建て前になっているが、それは不可能なので、社会保険料を上げるか、彼らの老後の支給額を減らすしかない。今の現役世代の負担は増え、給付は減るのだ。その損失は生涯所得ベースで8300万円にのぼる。

所得分配改革の思考実験

このように一方的に現役世代をいじめる税制は不公平である。消費税は年金受給者にも課税できるので負担は公平になるが、給付が今のままではゆがみが大きい。

社会保障給付140兆円をすべて定額のベーシックインカムに置き換えて支給すると、全国民に毎月10万円の所得が保障できる。これによって社会保障の世代間格差は原理的になくなる。所得格差の本質は貧困層の最低所得保障なので、これで解決できる。

しかし全面的なBIは、見果てぬ夢である。これまで納入された年金受給権には財産権が発生しているので、これを帳消しにしてBIに置き換えることは法的に不可能なのだ(行政訴訟を起こされたら政府が負ける)。

ただこれを思考実験のベンチマークとして、次善の策を考えることはできる。たとえば年金制度の既得権を認め、基礎年金だけをBIに置き換える最低保障年金は、法的にも政治的にも実現可能である。自民党総裁選では、河野太郎氏が提唱した。

この場合も消費税率は15%ぐらいに上がるが、国民年金保険料はなくなるので、低所得者の手取りは増える。ただこれは「高齢者BI」なので、年金受給者以外の最低所得は保障できない。

所得税・法人税をキャッシュフロー税で置き換える

もう一つの改革は、法人税を廃止して消費税に置き換えることだ。これはアメリカで国際キャッシュフロー税(DBCFT)として提案された次のような案で、クルーグマンからマンキューまで、ほとんどの専門家が賛成している。

  1. 法人税率を大幅に下げ、連邦消費税を創設する
  2. 減価償却を廃止し、投資はすべて経費として控除する
  3. 海外の利益には課税しない
  4. 支払い金利は経費として控除しない
  5. 税率は国境調整する

これも政治的には困難だが、不可能ではない。共和党案ではOECDのガイドラインに配慮して法人税率を20%としていたが、これを(台湾やシンガポールのように)一時的にゼロにすることもできる。大阪府のように法人事業税(地方税)をゼロにする方法もある。東京都がお台場を法人税特区にすれば、国際金融センターになれるかもしれない。

ついでに捕捉率の不公平が大きい所得税も消費税で置き換えると、日本では35兆円の財源が必要だ。これには消費税率を27%に上げる必要があり、小川氏のイメージに近い。

いずれにせよ、われわれはすでに消費税を100%負担しているという事実を認識することが重要だ。その大部分は社会保険料という「見えない税」として徴収され、その赤字は社会保障負担として、現役世代が負担する。以上の改革は、その負担を「見える化」するだけである。

今の現役世代は、こういう問題を投票で解決しようとはしない。「シルバー民主主義」には勝てないと、あきらめているからだ。その代わり漠然とした不安のために結婚せず、子供をつくらない。特にコロナ以降、出生率は激減している。これは遠い将来の問題ではなく、今の問題なのだ。