ライブ配信アプリのビジネスモデルとその弱点
先日、ライブ配信アプリを運営をするSHOWROOM株式会社が六期連続の赤字であると話題になった。
2013年、当初DeNAの事業としてスタートしたSHOWROOMは2015年に分社化されている。社長に就任した前田裕二氏は作詞家の秋元康氏や幻冬舎社長の見城徹氏から経営手腕を絶賛され、書籍「メモの魔力」は70万部超のベストセラー、各種メディアにも多数出演するなど会社としても経営者としても一見順調に見える。
しかしSHOWROOMは何年も前から恒常的な赤字に悩まされていた。分社化以降、一度も黒字化していない。ベンチャー企業が規模拡大やシェア獲得、ユーザー獲得を優先してあえて赤字を出すことは珍しくないが、本文でも参照した前田氏のインタビューを読む限り意図した赤字ではなさそうだ。
2022年3月期の決算では利益剰余金が約41億円のマイナスとなっている。利益剰余金はざっくり説明すると過去の利益をどれだけ積み上げてきたかを示す数字だ。それがマイナス、つまり41億円の累積赤字という説明になる。ライブ配信アプリはコロナ禍で巣ごもり消費の恩恵を受けてもよいはずが、前期から20億円以上の赤字が上乗せされている。
SNSで六期連続の赤字が話題になった際には以下のようにサービスの存在自体に疑問を投げかけるコメントも多数見られた。
「ライブ配信アプリってそもそも何のためにあるの? 生配信ならインスタグラムとかフェイスブックとかYouTubeでもできるのに、存在意義が全く分からない」
この指摘自体は間違ってはおらず、音声だけならばTwitterやクラブハウスでもライブ配信は可能だ。ただ、これはSHOWROOMを始めとした「ライブ配信アプリ」がどんなサービスなのか、その本質を知らない人のコメントでしかないが、多くの人が同じような感想を持っていると思われる。
そもそもサービス内容が理解されていない
ライブ配信アプリのウリが伝わっていない
こんな状況はサービスの拡大にマイナスであることは間違いなく、ライブ配信はまだ一般的なコンテンツと言える状況ではない。
SHOWROOMの赤字はライブ配信アプリのすそ野が拡大途上にあることも影響しているが、もう少し深掘りすると赤字の原因は大きく二つに分けられる。SHOWROOM個別の問題と、ライブ配信アプリそのものが抱える利益を出しにくい構造的な問題だ。
特にライブ配信アプリの構造的な問題として「広告が入れられない」という、広告収入が柱となるメディアのビジネスモデルとして致命的な弱点を抱えている。さらにはライブ配信・生放送であることが大きな強みであると同時に大きな弱点にもなっている。
SHOWROOMの苦境を見ていると、これらの問題や弱点の克服が難しい、場合によっては問題の区別できていない、もしかしたら気が付いていない可能性もあるのではないか、と心配になってしまう。
SHOWROOMの赤字は偶然ではなく必然である。これが筆者なりの結論だ。
極めて大きな可能性を秘めている一方でいまだ理解されておらず、弱点も多数抱えている……そんなSHOWROOMとライブ配信アプリについて、ウェブメディア編集長の立場からメディアビジネスとしてビジネスモデルを深掘りしてみたい。
※本稿はライブ配信アプリの基本的な仕組みからビジネスモデル、SHOWROOMの仕組みと問題点、決算書の分析、広告を入れられない理由など多岐にわたって解説や分析した。SHOWROOMに興味がある人や実際に使っている人はもちろん、まったく興味が無い人でも企業分析の記事として読めるように書いた。
そもそも「ライブ配信アプリ」とは何か?
SHOWROOMはライバーと呼ばれる配信者が生放送の動画コンテンツを提供するアプリだ。秋元康氏が絶賛と書いたようにAKBグループや坂道シリーズとつながりが強い事でも知られる。
SHOWROOMのアプリを開いて最初に目に入るものはAKB48や乃木坂46のメンバーが配信をしているという告知だ。各グループのメンバーはSHOWROOMでアカウントを多数開設している。執筆時点ではAKB48の18期生オーディション開催が告知されている。
配信でどれだけファンを獲得できるか、それがオーディションで課せられたテストとなっている。過去にはAKBグループのオーディションの他、坂道シリーズ全体のオーディション(坂道合同オーディション)、秋元康プロデュースのガールズバンドのオーディションも行われている。
ファンをどれくらい獲得できるか採用前に実力を見る、という意味ではSHOWROOMでオーディションは合理的とも言える。
他にもアイドルやタレントなど多数の著名人が配信をしている。ただ、これはぱっと見で分かる、ある意味で「表の顔」だ。
配信者の多くは無名のアイドルやタレント、ミュージシャン、あるいはその志望者だ。SNSと同様にリスナー(ユーザー)は興味のあるライバーをフォローすると、配信が開始された際に通知が届く。ライバーとのコミュニケーションは原則としてコメントの書き込みのみ、視聴は無料で応援したいと思えば有料・無料の「ギフト」を投げる。いわゆる「投げ銭」だ。
ライブ配信アプリの会社はリスナーが投げるギフトから発生する手数料が主な収入となる。リスナーは直接お金を投げるのではなく、一旦「ギフト」と呼ばれるアイテムを購入する。
SHOWROOMの有料ギフトは一つあたり1円から2万円まで種類も金額も様々だが、以前は東京タワーを模した1万円のギフトが最高額だった。タワーが投げられると高額かつ非常に目立つことから、ライバーもリスナーも「タワーが建った!」と大騒ぎになる。
ライバーの取り分は条件により異なるが概ね30%程度、リスナーが千円分のギフトを投げればライバーは300円の収入、という仕組みだ。差額がライブ配信アプリの収入となるが、アプリストアの購入であれば当然手数料は差し引かれる。
簡単に説明したが、これらの基本的な仕組みはどのアプリもほぼ変わらない。SHOWROOM以外にも17Live、ポコチャ、BIGO LIVEなど多数のライブ配信アプリがある。筆者が知らないものも含めれば国内だけでも数十個はあるだろうか。2020年からはショート動画アプリとして有名なTikToでもライブ配信機能が提供されている。元々は本国の中国で提供されていたが、時間差で日本でもサービスを開始した。
で、他のサービスには無いライブ配信アプリならではの特徴って一体何なの?という事になるが、それが「ファンとの交流」だ。
ライブ配信アプリはファンと交流するためにある。
動画を生で配信する。
この機能は冒頭の指摘通り様々なサービスで提供されており、投げ銭の仕組みはインスタグラムやYoutubeにもある。根本的な違いはコンテンツの内容だ。
Youtubeは特に分かりやすいが、通常の動画も生放送のライブ配信も何かしらの「コンテンツ」であることが普通だ。プロアマ問わず、歌や演奏、ゲーム配信、お笑い、セミナーなど、ありとあらゆるコンテンツがある。
一方でライブ配信はファンとの交流が最大の目的となっている。もちろん、アイドルやミュージシャンが配信で歌や演奏を提供する事はごく普通に行われている。それでもファンとの交流が最大の目的と言える理由はリスナーが書き込むコメントの扱い方にある。
唯一のコミュニケーション手段であるコメントを、ほとんどのライバーは原則として必ず読み上げて回答する。その程度が最大の特徴?と思ったかもしれないが、たとえば演奏中でもコメントを読み上げるライバーは珍しくない、と言えばコミュニケーションがどれだけ優先されているか分かるだろう。
ピアノやギターならまだしも、口がふさがる管楽器や歌の最中でも息継ぎのタイミングでコメントを読み上げたりギフトにお礼をするケースもある。窒息しないか心配になってしまうほどだが、特殊技能と言えるほど巧みにコメントを読み上げギフトのお礼をするライバーも多い。
配信開始時には通知を見たリスナーが一気に訪れて挨拶を書き込む事から、配信の冒頭は「〇〇さん、おはよう!」「〇〇さん、来てくれてありがとう!」といったコメント返しだけで相当な時間が掛かる(ただし読みきれないほどコメントが多数書き込まれる人気アイドル等はこの限りではない)。
これもSHOWROOMに限らずライブ配信アプリの特徴だ。歌や演奏などコンテンツを楽しむことを目的に行われるYoutube等との大きな違いはここだ。別の言い方すれば「コミュニケーションがコンテンツ」で、これはライブ配信アプリ独特の文化と言える。
「投げ銭」もコミュニケーションである。
投げ銭を投げること(ライバーにとっては投げ銭を受け取ること)もコミュニケーションに含まれる。ライブ配信は無料で見られることから、投げ銭はコンテンツの対価ではなく応援のため、つまりコミュニケーションとして投げられる。これも大きな特徴の一つだ。
応援のためにお金を払うなんてただの搾取じゃないか、という批判は当然ある。ライブ配信が嫌いとか受け付けないという人はこの辺りが原因だろう。これはAKB48や乃木坂46が握手会商法と揶揄されることに近い。
「握手会はアイドルと握手出来るメリットがまだあるが、投げ銭はお金を払って終わりで何の見返りも無い。握手会より酷い仕組みだ」
こんな趣旨の記事を随分前に読んだ記憶がある。個人的にはそういう視点もあるのね、まあ本人が納得してるなら別に良いのでは?程度に考えていたが、現在では「推し活」という言葉が使われるようになり「応援する事を楽しむ」という視点が多少理解されるようになった。
推し活の発想がなかった頃は応援したアイドルが活躍することが見返りといった説明もあったが、投げ銭も推し活の一種、応援して楽しいことが見返り、という説明になるだろう。
コロナ禍で経営の大変な飲食店で食事をしようといった話もこれと同じだろう。食事という具体的なモノを介しているとはいえ、そこに「応援」という言葉が使われることは従来はほとんど無かった。
「お金を払うことは最大の応援であり、コミュニケーションである」と改めて説明すれば(賛否は別に)投げ銭の意味も多少は伝わるのではないかと思う。
ライブ配信アプリのハードルの高さ
ライブ配信アプリの存在意義・コンテンツはファンとの交流である、投げ銭もライバーへの応援=コミュニケーションである……という説明を読んで「それって楽しいの?」と思った人も多いだろう。
おそらくここがライブ配信アプリを楽しめるかどうかの境目であり、同時にライブ配信が一般的にならない最大の理由だ。要するにマニアック、柔らかく言えば「ライブ配信を楽しむことはハードルが高い」ということだ。
コロナ禍でアイドルの握手会はネット上に移行しており、ネット上のやり取りでも好きなアイドルとコミュニケーションを取れるのならファンにとっては楽しいイベントだろう。乃木坂46のメンバーがコメントに回答してくれると説明すれば納得してくれるようにも思うが、前述の通り人気アイドルの場合はコメント返しをしない人も多い。
SHOWROOMでも有名なアイドルやタレントを除けば、無名のライバーが多数配信をしている。演奏や歌など分かりやすいコンテンツならば初見のリスナーでも楽しむ余地はあるかもしれないが、筆者が見る限りもっとも多い配信スタイルはただ話をするだけの「雑談配信」と呼ばれるものだ。
筆者が初めてSHOWROOMを見た時は、喋ってるだけの人って何なの? 何がしたいの? それを見てるリスナーは何が楽しいの? と不思議でしょうがなかった。話術に長けた人もいると思うが、その多くが素人であることからトークだけで楽しませるレベルには到達していない。
可愛い配信者を眺めているだけで楽しい人もいると思うが、それならば冒頭の指摘の通りYoutubeやテレビでも十分ともいえる。どうやって楽しんで良いか分からない……この点については「楽しむにはハードルが高い」という説明になる。
ライバーの「素」にニーズはあるか?
SHOWROOMの売りとしてライバーの素顔が見られると説明されることも多い。配信はライバーの自宅で行われることも多く、素の姿が見られることは間違いないと思うが、有名なタレントやアイドルではなく無名ライバーの素が楽しいのか? 見知らぬ女の子が自宅でただ雑談をしている映像が楽しいのか? 華やかな姿を見る前に素顔を見る事が楽しいのか?と考えると、繰り返しになるが「楽しむにはハードルが高い」。
SHOWROOMならば「乃木坂の〇〇さんが好きだから配信を見よう」と有名なタレントやアイドルがきっかけで使い始める人は多いと思うが、お目当てのライバー以外の配信をまったく見ていない人も多いのではないか。
AKB48の大西桃香さんは、SHOWROOMで毎朝5時半から665日間連続で配信を続けた。それがきっかけで知名度を上げて多数のファンを獲得し「5時半の女」と呼ばれるまでになったという。決して朝に強いわけではなく、それでも「寝坊したらまとめサイトで『【悲報】朝5時半の女、ついに遅刻www』みたいに書かれてしまう」という危機感からライブ配信を継続したという。
(参照)努力が続かないポンコツ3人組に“努力のプロ”倉持由香×大西桃香がガチコンサル!新R25 2018.11.16
早朝の配信をすっぴんで行った際にはむしろそれが良いとファンは反応してくれたとも話している。このエピソードは完成品より成長過程を見せる高校野球のようなAKBのコンセプトと、SHOWROOMのスタイルが上手く重なった事例だと思うが、大西さんがAKBという人気グループのアイドルだからこそ素の姿にギャップとして魅力を感じた人がいる、という事になるだろう。
結局は「推しライバー」が見つかる前にアプリを使わなくなる、あるいはお目当ての有名なアイドルやタレントだけを見る、という形に落ち着く可能性は非常に高い。やはりハードルは高い。
SHOWROOMの台所事情~「イベント」という仕入れコスト~
これらの高いハードルを越えてお気に入りのライバーが見つかり、フォローをして配信を見よう、と思うところまでユーザーが進んだとする。そこで発生するのが冒頭でも書いたSHOWROOM個別の問題だ。
ライブ配信は無料で視聴可能だ。しかし無課金で見られたら利益にならない。SHOWROOMとしては有料のギフトを買って投げ銭を投げてほしい。しかし無料で見られる配信にあえてお金を投じる人はどれだけいるか。
これはまさに投げ銭の語源にもなっている、ストリートミュージシャンにお金=投げ銭を払うか?という話と全く同じだ。ライバーにとって収入にならなければ配信を続けられず、SHOWROOMの売上も立たない。そこでSHOWROOMの提供するものが「イベント」だ。
SHOWROOMでは「イベント」とか「ガチイベ」というワードが飛び交っている。これは勝利すると賞品として企業の広告やファッション誌、テレビ、ファッションショー等に出演出来るといった、仕事を獲得できるものだ。
タレントやアイドルを目指す人にとって一番ほしいものはお金やモノ以上に仕事だろう。声優としての採用、アニメの主題歌、企業のイメージモデルなどイベントによって様々だ。
勝利条件はイベントに参加したライバーの中で、ギフトをいかにたくさん集めたかにより決まる。リスナーはより高額なギフトを投げれば応援するライバーが檜舞台に出られる、ということでギフトを投げるインセンティブが生まれる。
筆者は当初、勝利者はファッション誌にモデルとして出られる、というイベントを見た際に「ファッション誌がSHOWROOMでイベントを開催すれば知名度も上がるし、人気ライバーにモデルとして出演して貰えば売り上げがアップするかもしれないし、こういう形で企業から広告料を受け取ってるのか。しかもリスナーは『推しライバー』を応援するためにギフトを買う……中々上手い仕組みだ」と、完全に「勘違い」していた。
実際はその逆で、リスナーやライバーにたくさん配信をして貰うための「目標」として、SHOWROOMが広告料を払って各種メディアの出演権等を賞品としたイベントを開催している。いうなれば売上を得るための「仕入れ」だ。しかもその仕入れコストは、他のライブ配信アプリと競合・奪い合いで増えてしまい利益が減っていた。これが2020年のインタビューで社長の前田裕二氏が語っていたことだ。
そんな仕組みだったの?と思わずズッコケてしまいそうになったが、この話には続きがある。
ライバーがSHOWROOMで人気を獲得するとSHOWROOMだけでは満足せず次のステップとしてテレビや映画、雑誌、ファッションショーなどを目指すことは想定外だった、加えてライバーの目標となるイベントでファッション誌やテレビなど外部のメディアに依存することはビジネスモデルとして脆弱である……このように考えた結果、自社でショート動画のメディアを作る(後の「smash.」)、そこは簡単には出演できず、出演することが憧れになるような場所にする、と前田氏は語っていた。
(参照)SHOWROOM「前田裕二」は今何を考えているのか 東洋経済オンライン 2020/01/19
外注は割高かつコントロールが出来ないので内製する、という考え方は経営者目線では間違っていない。果たしてこの試みは成功したのか。
(次回に続く)
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中嶋 よしふみ FP シェアーズカフェ・オンライン編集長
保険を売らず有料相談を提供するFP。共働きの夫婦向けに住宅を中心として保険・投資・家計・年金までトータルでプライベートレッスンを提供中。「損得よりリスクと資金繰り」がモットー。東洋経済・プレジデント・ITmediaビジネスオンライン・日経DUAL等多数のメディアで連載、執筆。新聞/雑誌/テレビ/ラジオ等に出演、取材協力多数。士業・専門家が集うウェブメディア、シェアーズカフェ・オンラインの編集長、ビジネスライティング勉強会の講師を務める。著書に「住宅ローンのしあわせな借り方、返し方(日経BP)」。
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編集部より:この記事は「シェアーズカフェ・オンライン」2022年12月30日のエントリーより転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はシェアーズカフェ・オンラインをご覧ください。