1. 資金循環とは
前回は、高齢世代の就業率や失業率についてご紹介しました。
日本は先進国の中で高齢世代の就業率が高く、労働者に占める高齢世代の割合が極端に高い国となります。
今回は改めて日本銀行の資金循環統計について共有していきたいと思います。
今までは、各経済主体のストック面である金融資産・負債差額(純金融資産)について着目してきました。
今回はまず資金循環統計の概要と、ストック面から見える日本経済の特徴についてご紹介します。次回はフロー面についてご紹介します。
資金循環統計とは何なのか、まずはその概要から確認していきましょう。
詳細は是非日本銀行 資金循環統計の解説をご一読ください。
資金循環統計とは(資金循環統計の解説より引用)
資金循環統計は、1つの国で生じる金融取引や、その結果として保有された金融資産・負債を、家計や企業、政府といった経済主体ごとに記録した統計である。個々の経済主体が経済活動を行えば、その裏には、現金、預金など様々な形での資金の動き、つまり金融取引が伴う。また、実物の取引が存在しない場合でも、預金を取り崩して株式や債権を買う場合のように、経済主体が保有する金融資産・負債の内容が変化することもある。資金循環統計は、こうした1国の金融活動を包括的に示すものと言える。
資金循環統計を含め、経済統計の分野では、金融取引を経済主体ごとに分けて記録しているようです。
内閣府の国民経済計算や、OECDの統計データ(Financial accountsなど)でも同様です。これにより、これらの統計データとの整合性が確保されているようです。
経済主体(部門)は、家計、企業(非金融法人企業)、政府(一般政府)、金融機関、海外の5つです。
上記以外にも、対家計非営利団体(NPISH)も集計されていますが、数値が微小なため、本ブログでは割愛いたします。
一般政府は、中央政府、地方公共団体、社会保障基金から構成されます。
金融機関は、中央銀行(日本銀行)、預金取扱機関、証券投資信託、保険年金基金、その他金融仲介機関、非仲介型金融機関、公的専属金融機関から構成されます。
非金融法人企業は、民間非金融法人企業と公的非金融法人企業から構成されます。
経済主体の詳細は下表のとおりです(資金循環統計の解説より抜粋)。
経済主体(部門) | 説明 | 詳細部門 |
---|---|---|
家計 | 消費・生産活動を行う小集団であり、雇用主、被用者、個人企業、財産・移転所得の受給者等が含まれる。 | |
企業 (非金融法人企業) | 通常の財・サービスの生産を行う機関 金融機関による金融サービス、一般政府による政府サービス、対家計非営利団体による家計に対する非営利サービスを除く |
民間非金融法人企業 公的非金融法人企業 |
政府 (一般政府) | 租税収入等を基に、政府サービスを提供する機関 政府サービスには、公共財の提供、所得再分配等が含まれる |
中央政府 地方公共団体 社会保障基金 |
金融機関 | 金融資産・負債を保有して金融仲介を主業務とする機関、および金融仲介に密接に関係するサービスの提供を主要業務とする機関 | 中央銀行 預金取扱機関 証券投資信託 保険・年金基金 その他金融仲介機関 非仲介型金融機関 公的専属金融機関 |
海外 | 国際機関、外国政府、外国企業を含む非居住者 | |
対家計非営利団体 | 家計に対して、営利を追求しない形のサービスを提供する機関 ・特別の法律に基づいて設立される法人:学校法人、社会福祉法人、宗教法人 など ・民法上の社団法人、財団法人のうち、家計に対する非営利性のサービスを提供する法人 |
金融取引、金融資産・負債残高は、以下の取引項目について記録されています。
資金循環統計では詳細に集計されていますが、当ブログでは下記の取引項目のレベルまでとし、重要度が低かったり、微小な項目はその他にまとめて取り扱います。
また、資産については、通常は金融資産のほかにも、非金融資産(住宅や機械設備などの生産資産や、土地や漁場などの非生産資産)が存在します。
資金循環統計で対象としているのは、あくまでも金融資産と負債のみである事に注意が必要ですね。
国全体の資産と負債の差額である正味資産は国富とも呼ばれるようです。
取引項目 | 説明 | 詳細取引項目 |
---|---|---|
現金・預金 | 現金、日銀預け金、政府預金、流動性預金、定期性預金、譲渡性預金、外貨預金という内訳項目で構成されている。 各項目には、わが国の現金や、国内の預金取扱機関(在日外銀支店を含む)に預けられた預金のほか、居住者が海外金融機関に預けた預金も含まれている。 |
現金 日銀預け金 流動性預金 定期性預金 外貨預金 など |
貸出 | 金銭消費貸借契約や割賦販売契約などによって生じた金銭債権である。 国内金融機関が保有する金銭消費貸借形態の金銭債権以外にも、割賦債権形態の金銭債権、現先・債券貸借取引のうち債権を担保とした信用供与とみなせるものもこの項目の対象としている。 また、金融機関以外の部門が保有する貸出債権も含めている。 なお、有価証券が発行される形態の債権・債務は貸出に含まれない。 |
コール・手形 民間金融機関貸出 住宅貸付 消費者信用 割賦債権 など |
債務証券 | 発行主体に償還義務のある証券形態の金銭債権である。 主として、金融商品取引法上の有価証券のほか、同法の対象とならない私法上の有価証券が計上される。 |
国庫短期証券 国債・財投債 地方債 金融債 事業債 CP など |
株式等・投資信託受益証券 | 債券保有者が発行主体に対して残余請求権を有している金融商品である。 | 株式等 投資信託受益証券 |
保険・年金・定型保証 | 保険・年金契約における加入者の債権である。 保険の積立金のうち加入者の持ち分に相当する部分のほか、年金基金の年金受給権や対年金責任者債権、定型保障支払引当金が含まれる。 |
非生命保険準備金 生命保険受給権 年金保険受給権 年金受給権 など |
対外直接投資 | 居住者企業による非居住者企業の持分取得のうち、非居住者企業の支配を目的とするものである。 資金循環統計では、株式資本および収益の再投資を直接投資と位置付けている。 |
|
対外証券投資 | 居住者による、非居住者が発行した株式・債券・外国籍投資信託への投資である。 当該投資は、対外直接投資が支配を目的とするのと異なり、利殖(資産運用)あるいは外貨建ての資産保有を目的とするものである。 |
|
その他 | 財政融資資金預託金、金融派生商品・雇用者ストックオプション、預け金、企業間・貿易信用、未収・未払金、その他対外債権債務、その他 |
資金循環統計では、1年間の金融取引を記録したものをフロー表、金融資産・負債残高を記録したものをストック表、フロー表とストック表を関連付ける各期の調整額を記録した調整表が作成されています。
ストック表は時価で表されるため、前期のストック表に今期のフロー表を足しただけでは、今期のストック表と一致しません。
株式のように時価額が変化する金融資産・負債の変化分や、その他フロー表では表現できない調整項目が発生するためのようです。
金融資産・負債差額は、各経済主体の金融資産と負債の差額を表したもので、正(プラス)と負(マイナス)の値をとります。
一般的に英語表記ではFinancial net worthと表記されますが、当ブログでは正の場合は純金融資産、負の場合を純金融負債とも表記します。
2. 家計の金融資産・負債残高
経済主体ごとに金融資産・負債残高を見ていきましょう。
ここでは、金融資産はプラス側、負債はマイナス側として表現します。
まずは家計の金融資産・負債残高を見てみましょう。
図1が家計のストック(金融資産・負債残高)のグラフです。
特徴的なのは、資産側の現金・預金のボリュームが大きく、右肩上がりで成長している事ですね。日本の家計は先進国でも多く金融資産を持っていて、特に現金・預金の割合が多いのが特徴です。(参考記事: 日本人は本当に「お金持ち」?)
また、負債側の貸出が停滞しています。家計への貸出の多くは、住宅貸付ですね。
2021年の時点で、資産側の現金・預金は1088兆円、保険・年金・定型保証は538兆円、株式等は296兆円です。
金融資産・負債差額は増加を続けていて、2021年には1600兆円を超えています。
家計 金融資産・負債残高
1997年 → 2021年 単位:兆円
金融資産: 1286 → 2004 (+718)
負 債: 414 → 373 (- 41)
差 額: +872 → +1632 (+760)
3. 企業の金融資産・負債残高
続いて、企業の金融資産・負債残高を見てみましょう。
図2が企業の金融資産・負債残高のグラフです。
特徴的なのは、負債側の貸出(借入金)が1990年代をピークにしてやや減少して停滞している点です。
企業は負債を増やして事業投資をする主体ですが、それが停滞している様子が分かります。ただし、他国と比べるとバブル期の借入金の水準が極めて高かった事には注意が必要ですね。
その後停滞とともに、現在は他国並みに落ち着いてきている状況です。(参考記事: 企業の「借金」は増えるもの?)
また、負債側に株式等が計上されるのも資金循環統計の特徴です。
法人企業統計調査を含め、通常の貸借対照表では、企業の株式(株主資本)は表記されませんね。
金融資産・負債残高を見る際には、企業の負債側の株式が非常に大きなポイントになると思います。
株式は、発行済み株数 x 株価になりますので、時価評価だと株価変動分も株式の変化として計算されます。
企業の資産側にも負債側にも株式等が計上されます。
日本企業の持つ外国の株式は、資産側の対外証券投資や対外直接投資に計上されます。つまり、資産側に計上される株式等は純粋に日本企業の株式になりますね。
負債側の株式等よりも、資産側の株式等の方が多いのは、他の主体の持分が負債側にも計上されているためです。(参考記事: 「株式」という企業の特別な負債)
企業間・貿易信用は資産側にも負債側にも計上されますので、ほぼ相殺されます。
2021年の時点で、資産側の株式等は369兆円、負債側の株式等は1068兆円、貸出(借入金)は540兆円です。
企業 金融資産・負債残高
1997年→2021年
金融資産: 738 → 1315 (+577)
負 債: 1378 → 2016 (+639)
差 額: – 640 → – 702 ( – 62)
4. 政府の金融資産・負債残高
続いて政府の金融資産・負債残高について見てみましょう。
図3が政府の金融資産・負債残高のグラフです。
政府は負債が増えている一方で、金融資産もそれなりの規模で持っているようです。
負債のうち貸出はやや目減りしていますが、債務証券が大きく増大しています。
債務証券の多くが、いわゆる国債ですね。2021年の数値で見ると、負債のうち債務証券が1193兆円で、そのうち961兆円が国債・財投債となります。
負債とともに金融資産も増えているため、金融資産・負債差額は2014年ころから横ばい傾向です。
政府 金融資産・負債残高
1997年→2021年
金融資産: 409 → 728 (+319)
負 債: 552 → 1421 (+869)
差 額: – 143 → – 693 (-550)
5. 金融機関の金融資産・負債残高
次に金融機関の金融資産・負債残高を見てみましょう。
図4が金融機関の金融資産・負債残高のグラフです。
金融資産と負債がほぼ対称的に推移していて、直近では両方とも5000兆円に届きそうな勢いです。他の経済主体がせいぜい1000~2000兆円なのに対して、非常に大きなボリュームとなります。
金融資産も負債も、1990年代から2010年ころまで停滞傾向が続いていましたが、その後増加傾向となっています。
資産側では、貸出が停滞していて、近年は債務証券や、現金・預金が増えています。資産のうち貸出は他の主体への融資などですが、1997年で1618兆円、2021年で1704兆円でほとんど増えていません。
資産側の債務証券は主に国債・財投債となります。
債務証券は1997年で512兆円、2021年で1242兆円と729兆円増えています。
国債・財投債は255兆円から920兆円で664兆円の増加です。
資産側の現金・預金の多くは日銀預け金です。
現金・預金は1997年で181兆円、2021年で817兆円と636兆円の増加です。日銀預け金は6兆円から563兆円と、557兆円の増加です。
日銀預け金(資金循環統計の解説より引用)
取引先金融機関から日本銀行へ預け入れられる当座預金である。
負債側で最も増えているのは、現金・預金です。これは他の主体の預金が多くを占めますね。
1997年に1114兆円でしたが、2021年には2373兆円と倍増(+1259兆円)しています。流動性預金が1997年で180兆円でしたが、2021年には952兆円と773兆円増えています。ただし、定期性預金は減少していて、この期間に144兆円減っています。
また、負債側の現金・預金のうち日銀預け金が6兆円から557兆円に増えています。
資産側と全く同じなわけですが、これは金融機関の中に中央銀行(日本銀行)が含まれるためと考えられますね。
一般の金融機関が日銀預け金を資産側で増やし、日本銀行が負債側で日銀預け金を増やしていて、金融機関全体で見ればプラスマイナスゼロです。
金融機関 金融資産・負債残高
1997年→2021年
金融資産:2924→ 4865 (+1941)
負 債:2909 → 4712 (+1803)
差 額: +15→ +153 ( +137)
6. 海外の金融資産・負債残高
続いて海外の金融資産・負債残高について見てましょう。
図5が海外のグラフです。
金融資産も負債も増加傾向で、負債の増え方の方が多いため金融資産・負債差額はマイナスで推移しています。
ここで海外とは、日本から見た場合の海外という立ち位置です。金融資産は海外が日本に対して持つ資産なので、日本から見た負債です。
資産側では、貸出、株式等、債務証券が増えています。
1997年から2021年の変化で見ると、貸出が99兆円→241兆円(+141兆円)、株式等が42兆円→270兆円(+228兆円)、債務証券が38兆円→218兆円(+180兆円)です。
債務証券の中で大きいのは国庫短期証券と国債・財投債で、2021年で合わせて166兆円となります。
負債側で増えているのは、対外証券投資と対外直接投資です。
つまり、日本の経済主体による、海外への投資です。特に対外証券投資が増えていて、1997年では118兆円だったのが、2021年では700兆円(+581兆円)に達しています。
多くは、日本の政府と金融機関によるもので、企業や家計による対外証券投資は各20兆円程度とそれほど多くありません。
対外直接投資は、1997年で32兆円だったのが、2021年では221兆円(+189兆円)です。
対外直接投資の多くは企業によるもの(2021年で173兆円)で、日本の企業の資産側に計上されています。
また、外貨準備は、負債側に200兆円近く計上されていますが、負債額や金融資産・負債差額の計算には含まれず、別出しされています。
外貨準備(資金循環統計の解説より引用)
通貨当局が、対外取引の決済に不足する外貨の(直接的な)ファイナンスや、為替市場介入による間接的な調整等を目的として保有する、直ちに利用可能でかつ通貨当局の管理下にある対外資産のことをさす。
海外 金融資産・負債残高
1997年→2021年
金融資産:227 → 853 (+626)
負 債:354 → 1271 (+917)
差 額:-128→ -418 ( -290)
7. 金融資産・負債差額
最後に、各経済主体の金融資産・負債差額(純金融資産)を一つのグラフにまとめてみましょう。
図6が各経済主体の金融資産・負債差額を積上げて表現したグラフです。
非常に特徴的なグラフですね。
まず、各経済主体の金融資産・負債差額を合計すると必ずゼロになります。そして、家計(青)が必ずプラスになっていて、しかも増加し続けていることになります。その反対の負債側で企業や、政府、海外が負債を増やしている様子が分かります。
家計が純金融資産が増えて豊かになり続けている反対側で、必ず負債を増やし続ける経済主体が存在することが視覚的に理解できます。
グラフを見れば明らかなように、1990年代中盤前はそれが企業(赤)だったわけですね。当時は企業が負債を増やす反対側で、家計が資産を増やしていたという関係性です。
企業の純金融負債はその後、やや減少しつつ停滞します。
その企業の代わりに純金融負債を増やしているのが、政府(緑)と海外(黄)という事になります。
このグラフは、企業の変質について非常に示唆的だと思います。
もちろん、バブル期に企業が負債を過剰に積み上げた影響も大きいと思いますが、日本における企業の経済活動の停滞をよく表していると思います。
日本の企業は、売上高・付加価値と、給与総額が長期間停滞している事とも符合していますね。(参考記事: 日本企業の「変質」)
8. 日本の金融資産・負債残高の特徴
今回は資金循環統計の概要と、各経済主体のストック面の変化をご紹介しました。
金融資産・負債のストック面を見るだけでも、日本経済の変化を多く感じ取れたのではないでしょうか。
家 計: 純金融資産 増・・・負債が停滞し、金融資産(多くは現金・預金)が増加
企 業: 純金融負債 停滞・・金融資産も負債もやや増えているが、差額が停滞
政 府: 純金融負債 増・・・金融資産がやや増えているが、負債(主に国債)が増加
金融機関:純金融資産 微増・・金融資産も負債も増えているが、ほとんどが相殺
海 外:純金融負債 増・・・金融資産も負債も増えているが、負債の方が多く増えている
企業の変質が大きいわけですが、主に負債が増えていない事がポイントですね。
負債には大きく、借入と株式があります。
日本の企業はその両者が停滞気味です。
株式は新株発行によるものと、株価変動による影響がミックスされていることになります。
日本企業が事業投資を増やさず、企業価値がなかなか高まっていないという事を表しているように思います。
皆さんはどのように考えますか?
編集部より:この記事は株式会社小川製作所 小川製作所ブログ 2023年1月6日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は「小川製作所ブログ:日本の経済統計と転換点」をご覧ください。