ロシアには正規軍のほか民間軍事請負会社「ワグネル・グループ」が存在する。ウクライナ戦争では両者がいがみ合うなど険悪な関係となってきた。クレムリンはワグネル・グループの存在を否定してきたが、ウクライナ戦争ではもはやその存在を無視できなくなってきた。
ウクライナ軍の攻勢を受け、厳しい状況下にある正規のロシア軍に対し、ワグネル・グループの傭兵隊がウクライナ東部のドネツク地方での戦闘で正規のロシア軍を指揮下に置いている。今年に入り、ワグネル傭兵隊はウクライナ東部のソレダルの戦いでウクライナ軍を破り、制圧した。ロシア国防省は当初、「ソレダルの制圧」を否定したが、その2日後、「ロシア軍はソルダルを奪った」と発表し、あたかもロシア軍が制圧したかのように報じた。それに対し、ワグネル・グループの創設者エフゲニー・プリゴジン氏は「ロシア軍は常にわれわれの戦果を盗み取る」と批判する、といった具合だ。
ワグネル傭兵隊とロシア軍の対立という情報について、クレムリンのドミトリー・ペスコフ報道官は16日、「メディアが生み出した情報に過ぎない」と指摘し、「われわれはロシア軍の英雄もワグネルの英雄も知っている。彼らはわれわれの記憶に永遠に残るだろう。彼らは祖国のために戦っているのだ」と述べている。
オリガルヒのエフゲニー・プリゴジン氏は2014年にウクライナのドンバス戦争に戦闘員を派遣するために「ワグネル・グループ」を設立。プーチン氏の全面的支援を受けるプリゴジン氏はクレムリン内でもその存在感を強めてきた。ワグネル・グループは「プーチンの私兵」と呼ばれている。
ワグネル・グループの傭兵軍は最大5万人規模と推定され、そのうち1万人が戦闘経験のあるベテラン戦闘人。他の4万人はロシアの刑務所からの囚人兵の新兵という。ワグネル傭兵のやり方は、何年も国際的な批判の対象となってきた。2014年以来、傭兵は、シリア、マリ、スーダン、中央アフリカ共和国など、ロシアにとって戦略的および経済的に関心のあるいくつかの国で活動した。彼らは重大な戦争犯罪を犯し、人権侵害で繰り返し告発されている。
ちなみに、ワグネル・グループの脱走兵(26)が国境を越えてノルウェーに亡命を求めるという出来事が17日、明らかになった。同脱走兵は2022年7月、4カ月間契約で戦闘のためにウクライナに送られ、戦場では5人から10人の兵士の部隊を率いてきたという。同兵士によると、「部隊から離れたいと思った傭兵は即処刑される」という。
ワグネル・グループはここにきてセルビアで傭兵を募集するリクルートに乗り出してきている。セルビアはベラルーシと共にロシアを支援する数少ない欧州の国だ。セルビアはロシアのウクライナ侵攻を批判したが、対ロシアの制裁には同調していない。そのセルビアのアレクサンダル・ヴチッチ大統領はワグネル・グループの傭兵リクルートに対して激怒しているのだ。
ロシア国営放送局RTのセルビア支局が今月初め、セルビア人にウクライナで戦うよう呼びかけたのだ。ロシアが2014年春にウクライナのクリミア半島を併合した後、少数のセルビア人がウクライナでロシアが支援する軍隊と共に戦っている。また、ロシアの通信社RIA Novostiは17日、ウクライナでの武器訓練に参加している2人のセルビア国民を映す映像を公開した。ヴチッチ大統領は「我が国の主権を蹂躙する行為だ」と激しく批判している。
ところで、セルゲイ・ショイグ国防相は17日、国防省内の会議で軍の再編を発表している。同相は「軍事力の最も重要な構成要素を強化することによってのみ、国家の軍事的安全の確保とロシア連邦の新しい部隊や重要な施設を保護することが可能となる」と述べ、ロシアが今後3年間で海軍、空軍、戦略ミサイル部隊の有効性を大幅に高めたいと語っている。
参考までに、ワグネル・グループが使用する武器はロシア正規軍のものではなく、北朝鮮からの装備だという。米国家安全保障会議のジョン・カービー報道官は先月、「ロシアの傭兵グループは戦闘では北朝鮮からの武器を使用している」と指摘している。
懸念材料は、武器の供与だけではなく、北朝鮮が労働者を傭兵として派遣するのではないかという点だ。北朝鮮の金正恩総書記は外貨稼ぎのため自国労働者を海外に派遣するビジネスを行ってきたからだ(「金正恩氏は“現代の奴隷市場”支配人」2014年12月9日参考)。
ウクライナ戦争が長期化すれば、プーチン大統領にとって兵士が必要だ。部分的動員令でも明らかになったように、軍の動員は国民の間に動揺が生まれ、国内を不安定にする危険性がある。そこでワグネル・グループの傭兵が不可欠となるわけだ。そのワグネル・グループがセルビアで傭兵をリクルートしているとすれば、ロシアが北朝鮮の労働者を傭兵に雇用したとしても不思議ではない。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年1月19日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。