教育無償化は貧困層を救済しないことを日本人は何も知らない

谷本 真由美

日本の左翼の人々が好きなトピックに「教育の無償化」があります。

彼らいわく、日本は教育費が高く(実は他の先進国よりも激安なのですが)、大学も無料ではないので、すべて無料にすれば貧困は改善されるという話です。

ところが実例はそんなに単純な話ではないのです。

私の本である「世界のニュースを日本人は何も知らない」シリーズ。

最新作「世界のニュースを日本人は何も知らない4 – 前代未聞の事態に揺らぐ価値観 – (ワニブックスPLUS新書) 」では、さらに驚くべき海外の実態を掲載しています。

例えばアメリカのデトロイトから2時間のカラマズー市での取り組みはショッキングな事実を伝えています。

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ここは全米屈指の貧困地帯で、自動車産業の低迷により、街はかなり荒れていました。街には犯罪やギャングがはびこり、町中を歩く人はおらず、場所によっては銃撃戦が起こるというまさに修羅の国。

しかしアメリカにも多くの篤志家や良い人がおり、ここをなんとかしようという人々があらわれます。

地元の富裕層が学生の高校から大学の学費の全額もしくは65%程度を負担するプログラムを開始したのです。補助金を受けるために引っ越してくる家族が増え、住宅建設は増加、中心部にはレストランや店が増え華やかな雰囲気を取り戻します。

ミシガン大学に進学した学生は500万円を越す学費全額を支援され大学院に進学できました。

この取組により、人種的少数派や女性の進学率は増加したのですが、しかし最も進学率が伸びたのは中流から上流の家庭の生徒だったのです。元々やる気があって、周囲にサポートされる中流から上流の生徒が学業で更に良いパフォーマンスを発揮し、奨学金を受けるようになってしまいます。

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アフリカ系や貧困層の場合はプログラム開始前とほとんど変化がなかったのです。

貧困層の場合、進学の資金的問題が解決されても、家庭環境が崩壊しているので、せっかく学業が優秀でも家族に勉強を邪魔されたり、家族の経済問題や私生活の問題解決に振り回されて、学業を諦めざる得ないのです。また家が狭かったり衛生的ではなかったりして、勉強する物理的な空間さえ確保できません。さらに、家族がアルコール中毒や麻薬中毒、ギャンブル中毒だと、家庭内で暴力をふるってくることもあります。

さらに、自分の育った環境から抜け出すことは困難を極めます。特にまだ若い子は資金もないので別の地区や街に引っ越すこともできません。

同居の家族は勉強することに必ずしも賛成ではなく、むしろ妨害してこようとしてきます。親類や近所の幼なじみたちは抜け駆けを許さないので、様々な遊びに誘ったり、心理的に妨害を仕掛けてきます。周囲の同調圧力に屈して早いうちに性的関係をもってしまい、学業優秀なのに10代で妊娠してしまう生徒もでてしまいます。

このように問題がありすぎて勉学に集中できないのです。

つまり貧困層や経済的困窮者が自分の所属する階級から這い上がるには、単に学業面を資金的に支えればいいという単純な話ではなく、彼らが文化的、心理的、物理的に育った環境から「縁切り」をして逃げ出せる方法を提供しなければならないのです。

それにはメンター的な人が必要ですし、場合によっては親兄弟から身を隠さねばならないこともあります。彼らはどこまでも子供を頼ってきて金を無心したり、暴力をふるってくるからです。

これは実はアメリカだけではなく、日本でも同じです。

左翼の人々は自分が恵まれた環境に産まれているので、貧困層が抱える問題が、お金だけではなく、周囲の環境という想像もできなかった複雑さを持っていることが想像できないのです。