モノづくりニッポンの逆襲はあるのか?:条件が整いつつあるこれだけの理由

長く海外で仕事をしているので当然ながら日本と海外の違いは良く見えています。その中で長年ずっと思い続けていた最大の特徴の一つは「海外はマスが上手、日本はマイクロマネージメントがお得意」です。

不動産開発屋からみる建築工事の場合です。高層ビルは低層階の複雑な構造の部分を過ぎると比較的同じ設計のフロアが何十階と続きます。海外ではこの躯体を積み上げるといった同じことの繰り返しは上手で早いのです。ところが内装でも更に細かい仕事の取り合いになってくると途端にスピードダウンで挙句の果て、最後の微調整や仕上げをしてきれいにするといったことに関しては全くもってお手上げなのです。

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別の例です。海外での買い物では返品が非常に多いのですが、細かいものは返品してもポイするか、アマゾンなどは安いものは返品しなくてよいという場合もあります。何故か、といえば戻されても管理できないのです。理由はスタッフの知識がバラバラで処理能力も一様ではなく、間違いだらけでコストばかりかさむからです。壊れたら修理するのではなく、そっくり新しいものにする、という発想も様々な手間暇、リスク、ライアビリティを考えると海外ならではの帰着とも言えます。

世の中、昔のように大雑把だった時は良かったのですが、ルールが事細かに設定され、コンプライアンスに品質保証、コスト管理など様々な観点の縛りが増えてくると生産活動に得手不得手は当然出てきます。それでも単純な工業製品ならどこでも作れますが、複雑になると当然取捨選択されるのです。

私が秘書をやっていた80年代後半、会長がぼそっと述べた一言が印象に残っています。「スーツを作るならイタリアの生地でロンドンにいる中国系の仕立て屋にお願いするのが世界一だね」です。20代の私が「そうですね」といえる訳がなく、むしろ、世界のいいとこどりとはこういうことなのだ、と感銘したのです。仕立て屋が日本人じゃなくて中国人と言ったのは確かに中国人の仕立ての腕前は相当良かったこともありますが、海外で仕立て屋をやっている日本人がいなかったという意味もあるのでしょう。

今週号の日経ビジネスの特集は「円安、経済安保で日本回帰、敗れざる工場」です。ある意味、日経ビジネスが最も得意とする分野の記事ですので安心して読めたのですが、その中で強い印象なのがTSMCが熊本で進める半導体工場の項です。24時間3交代制で工場建設が急ピッチに進んでいます。総投資額1兆1千億円のこの工場は募集する従業員の国際性重視の要件と共にその給与の高さも話題になりました。また、記事には半導体の周辺産業が続々と熊本に集まってきており、「九州シリコンアイランド」と称するほどになっており、総経済効果は現時点で既に4兆円に膨れ上がっています。

当然、インフラも整備され、近辺の専門学校、大学が半導体人材養成を始めているなど、街だけではなく、九州そのものをすっかり変えるほどの勢いが出てきているのです。日本に生産拠点を置く理由は私には日経ビジネスが指摘する円安とか経済安保ということもありますが、製品を計画通り生産し緻密な管理と保守を行うといった安定性を確保するには日本は世界でベストオブベストであるからだと思っています。

「モノづくりニッポン」を謳歌したのは90年代まででした。その後は「まだできるぞ、ニッポンモノづくり」だったのですが、高齢化に伴う技術継承問題が生じ、経済的に大型投資すら出来ない日本はいつの間にか蚊帳の外になっていたというのが今日に至るまでの話です。

この中に大事なポイントが2つあります。1つは技術です。確かに継承問題はあるのですが、日本の最大の特徴はほぼ単一民族で行動規範が極めて安定していることもあり、モノづくりは若い世代でもきちんとこなせる潜在能力をもっているのです。よって決められた作業をきちんとこなす、という点においてこれほど素晴らしい国はないのです。

2つ目に専門職を養成する学校ができ始めたことです。教育とは生徒/学生に何十年にも渡るその人の生活基盤となるスキルの基礎を学ぶところです。当然ながら何十年も先を見据えた人への投資だとも言えます。これができるということはそこに働く人にとって安定と技術向上というチャンスをもらうことになるのです。これは将来を見失いがちの日本の若者にとって大きな期待となるでしょう。

記事にはネガティブなポイントとして人材が払底している点を挙げています。複雑系のモノづくりができる国で思いつくのは日本を筆頭に韓国、中国、ベトナム、タイあたりまでです。その中で韓国は人口が日本の半分以下の上に少子化のペースは日本をはるかに凌駕しています。実はタイも人口問題は日本を上回る低下ぶりで労働力確保は厳しい状況です。中国はモノづくりは出来ても政治的バリアがある、ベトナムはどちらかというと韓国の進出先で日本が入りづらいところがあります。こう見ると日本はそれでも先端技術のモノづくり投資先としては世界でももっとも適している国であることには違いないのです。

そしてそれ以上に人件費が低廉であり、生活費はそれ以上に安いのです。TSMCは国内で2つ目の工場進出地を探しているとされます。日本製造メーカーの国内回帰もあります。ファナックのように富士山麓の秘密のベールに隠された拠点という会社もあります。

この20年以上、日本に陽は当たらなかったのはモノ作りからマネー本位の経済が主導したからでしょう。ですが、世の中、必ず揺り戻しはあります。一時は地産地消という手法も取り入れられましたが、それは現地のニーズに合わせるというだけではなく、関税などの理由が主でありました。今の世界情勢からすれば地産地消にしなくても乗り越えられるものはありそうです。なぜなら高度な技術の結晶は真似できないからです。日本はその価値を安く見積もり過ぎていると思います。

日本の将来にかすかな光が見えてきた気がしています。

では今日はこのぐらいで。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2023年2月14日の記事より転載させていただきました。