ドイツのショルツ政権は社会民主党(SPD)、緑の党、そしてリベラル政党「自由民主党」(FDP)から成るドイツ初の3党連立政権だ。2021年12月に発足した当初、政党のカラー赤、緑、黄から「信号機連立政権」と呼ばれた。交通渋滞する路上で車のスムーズな流れを監視する信号機のように、政治信条が異なる3党が16年間続いたメルケル政権後の舵取りができるかが注目された。
3党連立政権にとって最初の、そして想定外の大きな試練がきた。ロシアのプーチン大統領が昨年2月24日、ウクライナに軍事侵攻して以来、ドイツを含む欧米諸国は戦後初の欧州の領土での戦争勃発問題に没頭せざるを得なくなったからだ。
ショルツ政権はウクライナへの武器供与問題で他の欧州諸国よりも時間がかかったのは致し方なかった。ナチス・ドイツ政権の戦争犯罪問題もあって戦後、ドイツは紛争地への武器供与は厳禁だった。それゆえに最初ドイツが軍ヘルメット5000個をウクライナへ供与した時、他の欧州諸国から批判を受けた。ただ、ウクライナ戦争が激化するなかで、ドイツも防衛費GDP比2%超を決める一方、軽火器から重火器へ支援の幅を広げ、先月25日、米国との合意にも基づいて攻撃用戦車レオパルト2の供与を決めた経緯がある。
ショルツ政権の中で戦争反対、平和政党を標榜してきた「緑の党」にとって180度の政策転向を強いられることになったが、ハベック経済相(副首相兼・気候保護相兼任)、ベアボック外相ら「緑の党」所属閣僚はウクライナ全面支援を打ち出すことでSPD出身のショルツ首相をプッシュしてきた(「ショルツ独首相は苦悩する事情とは」2023年1月25日参考)。
以上、ショルツ政権のウクライナ支援政策は多くの試練があったものの及第点を取れる危機管理といえるだろう。ロシア軍の蛮行に直面、SPD、緑の党、FDPがウクライナ支援でコンセンサスができやすかったことがある。
ただ、3党間の対立は皆無ではない。一つはエネルギー危機に対応するために脱原発政策の見直し問題、もう一つは世界最大の港湾運営会社の一つ、中国のCosco Schipping(コスコ・シッピング)のハンブルク湾のハンバーガー・コンテナ・ターミナル・トレロート(CTT)株式取得問題だ。両問題は党内で意見が大きく割れた。
1)ドイツの脱原発は2000年代初頭のSPDと「緑の党」の最初の連合政権下で始まった。それだけに「緑の党」だけではなく、SPDにも原発操業の延長には強い抵抗がある。一方、産業界を支持基盤とするFDPは3基の来年以降の操業を主張するなど、SPD、「緑の党」、そしてFDPの3党の間で熾烈な議論が続けられてきた。ショルツ首相は「緑の党」とFDPと交渉を重ね、2022年10月17日夜、首相の権限を行使し、2基ではなく、3基を今年4月15日まで操業延長するというガイドラインを提示、そのための法的整備を関係閣僚に命じた。
2)ショルツ連立政権は昨年10月26日、ドイツ最大の港、ハンブルク湾港の4カ所あるターミナルの一つの株式を中国国有海運大手「中国遠洋運輸(COSCO)」が取得することを承認する閣議決定を行ったが、同決定に対し、「中国国有企業による買収は欧州の経済安全保障への脅威だ」という警戒論がショルツ政権内ばかりか、欧州連合(EU)内からも聞かれた。特に、緑の党とFDPは強く反対したが、ショルツ首相が最終決定を下した。
ここにきて緑の党のハベック経済相(兼副首相)とFDP党首のリンドナー財務相との関係が気まずくなってきている。ハベック経済相とリンドナー財務相間のコミュニケーションが難しくなり、文書で要求するだけで、互いに対面で意見の交換をしない、といわれるほどだ。ドイツ公共放送局「ドイチュランドフンク」は16日、「両者は相手宛てに怒りの手紙を書くなど、連合の雰囲気は毒されてきている」と報じている。
理由は明確だ。FDPはベルリン市議会選(2月12日実施)で敗北し、党内からリンドナー党首へ党の政策をもっと全面的に主張すべきだという声が一段と高まってきているのだ。FDPは、政権発足後の5つの州議会選挙のうち3つで議席獲得に必要な5%のハードルを越えることができず、残り2州でも得票率が急減した。
ハベック経済相がリンドナー財務相に「財政ではもっと創意工夫するべきだ」と要求すると、「エネルギー供給のために新しい送電線を建設するが、そのために先ず新しい道路を建設しなければならない」と、FDP側から巨額の資金が必要となるグリーン・プロジェクトに対して不満の声が飛び出す。また、ウクライナ戦争で防衛費が急増、国内総生産(GDP)比2%をはるかに超える可能性が出てきた。そこにピストリウス新国防相は「2024年までにさらに100億ユーロが必要となる」と求めているが、どこから財源を獲得するかが大きな問題となるわけだ。
党の独自色を出すためにリンドナー財務相は今後、減税、規制緩和を進める一方、不法移民対策の強化など右派的な政策を訴えてくるかもしれない。そうなれば、SPD・緑の党との連立政権の運営にも支障が出てくることが予想される。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年2月19日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。