「アブラハムファミリーハウス」がオープン:3宗教を統合した宗教施設

アラブ首長国連邦(UAE)の首都アブダビで3月1日、通称「アブラハムファミリーハウス」が一般公開される。同ハウスはアブラハムから派生した3宗教、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の礼拝場、シナゴーグ(ユダヤ会堂)、教会、そしてイスラム寺院(モスク)を単に独立した宗教施設だけではなく、大きな敷地の中に統合し、会議やイベントのための「共通教育センター」も備えている。

「アブラハムファミリーハウス」のオープニング式典(2023年2月19日、バチカンニュース公式サイトから)

アブラハムはユダヤ教、キリスト教、イスラム教の3大唯一神教から「信仰の祖」と呼ばれている人物だ。アブラハムを無視してユダヤ教、キリスト教、そしてイスラム教は考えられない。

イスラム教の創設者ムハンマド(570年頃~632年)は、「アブラハムから始まった神への信仰はユダヤ教、パウロのキリスト教では成就できなかった」と指摘し、「自分はアブラハムの願いを継承した最後の預言者」と受け取っていたほどだ。アブラハムはヘブライ語で「多数の父」を意味する。

ちなみに、アブラハムには妻サライ(正妻)がいたが、侍女のハガルから息子イシマエルを得る。イシマエルはアラブの先祖となった。イシマエルから派生したアラブでイスラム教が生まれ、世界に広がっていった(「アブラハム家」3代の物語」2021年2月11日参考)。

「アブラハムファミリーハウス」のオープニング式典(16日)には、アラブ首長国連邦のムハンマド・ビン・ザーイド・ビン・スルターン・アール・ナヒヤーン大統領が参加し、「相互の尊重、理解、多様性が進歩を共有する力である」と述べ、「アブラハムファミリーハウス」の意義を強調している。同大統領は「アラブ首長国は過去、さまざまなバックグラウンドを持つ人々が共存してきた誇り高い歴史がある」と述べている。

同式典には、イスラム学者であり、バチカンの宗教間対話事務所の所長であるミゲル・アンヘル・アユソ枢機卿も参加した。

「シナゴーグ、教会、モスクがひとつ屋根の下にある」という「アブラハムファミリーハウス」の建設は、2019年のフランシスコ教皇のアブダビ訪問に先駆け、ハリーファ・ビン・ザーイド・ビン・スルターン・アール・ナヒヤーン大統領(当時)が2018年12月に発表したものだ。

アブダビ訪問中、教皇フランシスコとエジプト・カイロのアル=アズハル大学の総長、アル=アズハル・モスクのグランド・イマームのアフマド・アル・タイーブ師は2019年2月4日、「アブダビ宣言」として知られる「世界における平和的共存のための人類の友愛に関する文書」に署名した。この文書は、すべての宗教のメンバーが兄弟愛への道を歩むためのマイルストーン(道標)であると受け取られ、「アイデンティティーを守る義務」「他者を受け入れる勇気」「誠実な意図」の3点を基本方針とし、神の名の下に狂信、過激主義、暴力に明確に反対している。ローマ教皇フランシスコのアブダビ訪問はアラビア半島への最初の旅だった。

「アブラハムファミリーハウス」は、西アフリカにルーツを持ち、カイロとサウジアラビアで育ったイギリス人建築家サー・デビッド・アジャイによって設計された。一辺の長さが30mの3つの立方体の神聖な建物は、それぞれの宗教の建築上の特徴、要件を考慮に入れている。同ハウスは、アブダビの新しい文化地区であるサーディヤット島にある(同国ではシナゴーグは初めて、カトリック教会建造物は既に10件ある)。

ところで、欧州社会はキリスト教文化圏と久しく言われてきたが、3宗派の歴史を振り返ると、欧州の文化は、キリスト教、その土台となったユダヤ教、そしてスペインで花を咲かせたイスラム教がもたらした“アブラハム文化”というべきかもしれない。欧州の地スペインは当時、中東のバグダッドと並ぶイスラム教文化が最も栄えた地域だった。

アブラハムから派生したユダヤ教(長男)、キリスト教(次男)、そしてイスラム教(3男)の3兄弟の歴史を振り返る時、3兄弟が連携し、結束するならば、高度の文明が広がるのではないか、といった希望が湧いてくる。特に、ユダヤ教とイスラム教は常に犬猿の関係ではなかった。パレスチナ問題を考える時、ユダヤ民族とイスラム教徒の和解は必ず実現できるという確信が生まれてくる(「欧州社会は『アブラハム文化』だ!!」2021年6月20日参考)。

なお、「アブダビ宣言」では、「宗教に求められていることは、悪を暴くことだけではない。宗教は、それ自体、平和を推進することを使命としている。わたしたちの務めは、妥協的シンクレティズム(混合主義)に譲歩することなく、互いのために祈り合い、神に平和を願い求めること、互いに出会い、対話し、協力と友愛の精神によって融和を促進することだ」と記述されている。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年2月21日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。