ロシアのプーチン大統領は21日、年次教書演説でウクライナ情勢に言及し、「戦争は西側から始められた」と強調し、戦争の責任は西側にあるといういつもの論理を展開する一方、米国との間で締結した核軍縮条約「新戦略兵器削減条約(新START)」の履行停止を発表した。
新STARTは2009年12月に失効した第1次戦略兵器削減条約(START1)の後継条約として2011年2月に発効され、21年2月に5年間延長された。同条約では戦略核弾頭の配備数(1550発以下)などを決めている。ただし、バイデン米政権は1月31日、ロシアが条約に基づく査察を拒否したと批判したばかりだ。
それだけではない。ウィーンの外交筋によると、ロシアはウィーンに事務局を置く包括的核実験禁止条約(CTBT)から離脱する意思をちらつかせているという。CTBTは署名開始から今年で27年目を迎えたが、法的にはまだ発効していない。署名国数は2月現在、186カ国、批准国177国だ。その数字自体は既に普遍的な条約水準だが、条約発効には核開発能力を有する44カ国(発効要件国)の署名、批准が条件となっている。その44カ国中で署名・批准した国は36カ国に留まり、条約発効には8カ国の署名・批准が依然欠けている。
米国は1996年9月24日にCTBTに署名しているが、クリントン政権時代の上院が1999年10月、批准を拒否。それ以後、米国は批准していない。一方、ロシアは米国と同時期に条約に署名、2000年6月30日に批准済みだ。米国とロシア両国はCTBT発効に批准が欠かせられない特定44カ国(第14条)に入っている。ロシアがCTBTから離脱したとして米国は批判できない立場だ。
以上、新STARTの履行停止、CTBTからの撤退の動きなどから、ロシアが近い将来、核実験を再開する可能性が出てきた。核兵器を実際に使用すれば、国際社会から最大級の非難を受け、ロシアがこれまで以上孤立化することは目に見ている。一方、核実験は批判されるが、CTBTから脱退することで国際条約上の束縛はなくなる。そのうえ、ウクライナに武器を供与する欧米諸国にロシアの核の脅威を与えることができる。
核関連の動きはロシアだけではない。イランが84%の濃縮ウランを生産した疑いがもたれている。核兵器用の濃縮ウランには純度約90%が必要だが、84%の濃縮ウランが生産されたとすれば、核兵器用はもはや時間の問題だ。
核エネルギーの平和利用を促進する国際原子力機関(IAEA)によると、イランでIAEA査察官が純度84%のウランを検出したという。イランが意図的に生産したのかは今後の査察を通じて検証しなければならない。
イラン国家原子力機関の報道官は、「わが国は純度60%以上のウランを濃縮していない」(IRNA通信)と報道を否定している。また、イラン議会の国家安全保障および外交政策委員会のアボルファズル・アムエイ報道官は20日、イランが核兵器レベルまでウラン濃縮を開始したという報道について、「来月6日から開催されるIAEA定例理事会のイラン協議に影響を与えることを狙ったものだ」と述べている。
ちなみに、国連安保理常任理事国5カ国にドイツを加えた6カ国とイランの間で2015年、核合意が締結されたが、同合意ではイランはウラン濃縮は3・67%となっていた。トランプ前米政権が2018年、核合意から離脱した後、イランは濃縮度を段階的に上げ、60%まで濃縮ウランを生産してきたことは明らかになっている。84%の濃縮ウランの生産が事実とすれば、核兵器用濃縮ウランを目指していることになる。なお、2021年4月に開始されたイランとの核合意再建交渉は、数カ月にわたって停滞している。
イランの核保有はイスラエルだけではなく、サウジアラビア、エジプトなどにも大きな影響を与えることが予想される。イスラエルはイランの核兵器製造を軍事攻撃で阻止することも考えられる。一方、スンニ派の盟主サウジにとってもシーア派のイランの核兵器保有は絶対に容認できないから、独自の核兵器製造に動きだすかもしれない。いずれにしても、イランの核兵器製造は中東・アラブに大きな波紋を及ぼすことは必至だ。
一方、北朝鮮は今月18日、米全土を射程距離に入れたICBM(大陸間弾道ミサイル)を発し、米国側に圧力をかけている。7回目の核実験も視野に入れているといわれる。
第1次冷戦の終了直後、ジョージ・W・ブッシュ米大統領時代の国務長官だったコリン・パウエル氏は、「使用できない武器をいくら保有していても意味がない」と主張し、「核兵器保有」無意味論を展開したが、米国と並んで世界最大の核保有国ロシアがウクライナ戦争を契機に核兵器に手を伸ばす気配を見せるなど、大量破壊兵器使用へのブレーキや自制心が緩んできている。危険な兆候だ。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年2月23日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。