静かに深く沈んでいくのがベストシナリオか、中国経済

増田 悦佐

こんにちは。

今日は、最近地政学や外交・軍事では何かと話題になっていますが、あまり経済の話が報道されなくなった中国について、改めて考えてみたいと思います。

習近平国家主席 fatido/iStock

極端に減少している海外から中国への投資

中国経済の現状でまっ先に検討すべきなのは、海外から中国への直接投資案件が激減していることです。

ご覧のとおり、2019年には約800件あった海外から中国への直接投資案件が、2022年には約400件と、たった3年で半減しているのです。なお、2020年の激減は第一次コロナ騒動による一過性の落ちこみでしょう。

中国は人口も経済規模の膨大な国ですから、海外からの直接投資が中国を避けるようになると、主として東アジア、東南アジアにあって受け皿の小さい新興国は非常に大きな恩恵を受けます

後でグラフもご紹介しますが、上右の表に出てくる6ヵ国のうち、台湾をのぞく5ヵ国はすべて2022年のDGP成長率が実績見込みで5%超と好調です。これは海外投資家が直接投資の対象として中国を避けるようになったことと密接に関係していると思います。

さて、直接投資とは何かと言いますと、例えばすでに存在している海外の企業の株を買うというような直接経営に関与しない投資ではなく、既存企業の買収などをふくめて、直接経営に関与するかたちで投資をおこなうことです。

その直接投資の中でも、もっとも本腰を入れた形態である「更地からの(Greenfield)」直接投資が、2019年を頂点として中国経済のあらゆるセクターで激減しています。

唯一、EV(電気自動車)の部品では中国が先行している分野が多いこともあって、自動車関連だけは14.6%の減少にとどまっていますが、あとはかなり大幅な減少率になっています。

中国への直接投資が激減している理由としては、大きく分けて3つあると思います。

ひとつ目は、現地での企業経営に自社が開発した技術を持ちこんだりすると、その技術を盗まれる可能性が高い、つまり知的所有権があまり尊重されない国だという昔から語られてきた問題点です。

ふたつ目は、とくにロシア軍によるウクライナ侵攻後顕著になったのですが、中国も台湾に侵攻するのではないかという憶測から、軍事的に敵対するかもしれない国に生産・流通拠点を置くことの不安です。

みっつ目は、地味ですが中国経済全体として海外諸国との貿易や金融取引が活発でなくなっていること、つまり中国経済の内向化だと思います。

中国経済全体が内向化している

次の上下2枚組グラフの上段がその傾向を象徴していると思います。中国企業による対外M&A案件は、海外からの中国企業に対するM&A案件以上に激減しているのです。

そして、下段にはその理由の一端が描かれています。東アジア・東南アジア新興国の中で、中国の過去10年間の賃金上昇率は突出して高かったのです。

この事実が何を意味するかというと、海外の投資家から見ても中国で経済活動を行うことの魅力が薄れていると同時に、中国企業にとっても採算性が悪化しているので気前よく対外M&Aに使える資金が目減りしているということです。

この現象は、よく「中進国のジレンマ」と呼ばれます。経済成長率が高くて国民が豊かになっていく国は、まだそこまで経済発展が進んでいないので労賃の低い後発国にシェアを奪われてしまうということです。

ただ、この現象は宿命的なものではありません。当初発展段階が遅れていた国が高成長をある程度の期間持続しているうちに、低賃金を武器とした価格競争力だけには頼らずに、新しい分野、製品、技術を開拓することに成功すれば抜け出せる苦境です。

第二次世界大戦直後から1970年代初頭までの日本も、このジレンマに立ち向かったのですが、主要産業で価格競争力に頼らず技術的に優れていて魅力のある製品を次々に生み出すことで壁を突破したわけです。

残念ながら、現代中国の企業経営者や経済政策の立案者たちは、その壁を正面から突破しようとはせずに、むしろ海外の先端技術をいかに巧妙に盗むかといったところに力点を置いているため、労賃の上昇がストレートに経済全体の衰退につながる危険があるわけです。

成長率の低い「新興国」としてアジアの孤児に?

このままでは、中国はまだまだ先進国並みの生活水準には達していないまま、GDP成長率は先進国並みの2~3%へというシナリオが見えてきます。

ちなみに、なぜかIMFには中国びいきの方々がいらっしゃるようで、時として中国政府で経済計画の策定に当たっている経済政策担当者以上に強気の見方をします

上のグラフの中で、2023~27年が4.4%から4.6%成長への回復を見ているのも、その典型でしょう。

しかも、このシナリオは中国が過去20年あまりにわたって2ケタから徐々に6~7%台に下がってきたという中国政府公式発表を真に受けた上での4%台半ばでの「安定成長」なのです。

実際には、肥大化した国有企業がひたすら利権獲得の口実としておこなっている事業でまったく国民生活を豊かにすることに貢献しない巨大プロジェクトの「成果」をプラスの資産として帳簿に記入しているからこその高成長だったと思います。

これらの莫大な資源浪費を損失として除却すれば、過去20年間の平均成長率は4~5%程度、2022年の実績はおそらくマイナスでしょう。

しかも、この成長鈍化は特殊要因による一過性の落ちこみではなく、長年にわたって徐々に進行してきたのです。なぜ2023年以降は突然4%台半ばに回復するのか、理由がわかりません。

中国経済の隘路を象徴する巨額の対米貿易黒字

中国経済の陥った苦境を象徴しているのが、一見順風満帆に見える対米貿易収支の推移です。

中国からアメリカへの輸出額は2018年の史上最高よりはやや低め、アメリカから中国への輸出額はエネルギー資源高の影響で2021~22年とかなりの高水準ということで、中国は対米黒字を少し縮小しながら対米貿易総額は拡大していたようです。

本来大きな消費を実現できるはずの巨大人口を抱えていながら、典型的な輸出立国である中国にとって、こんなにめでたいことはないことはなさそうに思えます。

ですが、いったいなぜ中国は、アメリカを筆頭に世界各国に対して膨大な貿易黒字を稼ぎつづけなければならないのでしょうか? 貿易収支は国際収支の中でもいちばん目立ちますから、それだけ海外諸国からの風当たりも強くなるというのに。

膨大な消費人口に収入の約半分を半強制的に貯蓄させているのですから、その貯蓄された資金で投資を賄えば輸出を伸ばしつづけなくても、GDP成長率を高く保ちながら内需主導の成長に転換することは可能なはずです。

最大の理由は、国内経済を循環している資金のかなりの部分が、1サイクル回るごとに各種の既得権益団体に利権として吸い取られてしまうため、成長のために必要な投融資の資金を海外に置いておく必要があることなのです。

実際に、中国は輸出によって稼いだ資金を大量に米国財務省短期債で運用していて、利回りはほとんどゼロ、手数料を勘定に入れればマイナスの状態で預かってもらっています

反面、国内で出た利益、人民元に換金されて国内に還流した資金の多くは、国有銀行を通じた国有企業への投融資として、利権分配の口実という以外にはほとんど無意味な各種のプロジェクトに回されてしまいます。

そして、実際に利益が出ていて成長のために資金を必要とする民間企業は、高い配当・金利負担をしょってアメリカなどの海外投資家からの投融資に頼っているのです。

だからこそ、2兆ドル近い対外純資産を持ちながら、(金融)所得収支では毎年200億ドル前後の赤字という情けない状態が続いているのです。

そう考えると、中国への直接投資の減少と中国のGDP成長率低下とのあいだには、中国経済の成長性が弱まって魅力がなくなったから直接投資が減ったという方向とともに、海外から中国への直接投資が減ると中国経済の成長性も弱まるという方向もあるとわかります。

中国経済は2007年にピークアウト

株式市場は、個々の銘柄で見るととても不思議なことが続出する場所です。しかし、一国を代表するような株価指数の大きな波動は、やはりその国の経済状態をかなり忠実に反映すると思います。

中国の場合、上海証券取引所と深圳証券取引所に上場されている全銘柄の中から時価総額や流動性の点でとくに大きな銘柄300を厳選した上海深圳CSI300株価指数は、もっとも正確に中国経済の置かれた状態を反映すると見ていいでしょう。

そのCSI300は、上のグラフでご覧いただけるように2007年10月でピークを打ち、2021年のコロナ騒動からの回復相場では結局この高値を抜くことができず、直近では最高値から27%下がった位置につけています。

2007年の秋というと、国際金融危機が勃発して先進諸国経済が総崩れとなり、「中国こそ世界経済の救世主」ともてはやされた頃です。

中国で成長性が高いと思われる銘柄で組成された中国ゴールデンドラゴンETFという上場投信は、次のような価格推移を示しています。

こちらはいわゆる中国株ファンが買うETFですから、GDP成長率がじわじわ低下している程度のことで見放す投資家は少なく、史上最高値をつけたのは2021年の2月、CSI300で言えば戻り高値が結局史上最高値を抜けなかった頃のことでした。

ですが、中国株ファンが最大になったのは、このETFの出来高(取引された単位数)が最大になった2007年の秋だったはずです。

つまりそうとう頑固な中国株ファンもとうとう諦めて投げたのが2021年の2月で、その後たった1年間の下げ幅は、CSI300の史上最高値からの下げ幅27%よりはるかに大きい60%に達しています。

というわけで、純粋に経済だけを見れば、私は中国経済は2007年にピークを打ったあと、静かに深く沈んでいく状態に入ったと見ています。

経済同様に中国社会も静かに沈んでいけるか?

もし、経済よりはるかに政治の果たす役割の大きい社会情勢もまた緩やかな下落基調を維持することができれば、おそらくそれは中国にとってベストシナリオでしょう。

現実には、そうはいかない要因がいろいろあって、あまり平和な沈滞を期待することはできないことが予想されます。

中でも大きいのが、中国の医療保険制度の改悪によって、高齢者たちの医療支出に対する国庫からの補助が突然70%減額されることが決定した件です。

先進諸国での報道は中国による「スパイ気球」でもちきりでしたが、2月中旬には武漢、大連、広州など中国各地の大都市で大規模な抗議活動が展開されました。

日本でも最近現役並みの所得がある後期高齢者の国民健康保険での自己負担額が10%から20%に増額されて、多少は問題となりました。これで70~74歳の高齢者同様、後期高齢者も医療の自己負担を低く済ませたかったら人並みに働いてはいけないことになったわけです

家庭の主婦の免税枠や控除枠も同じことですが、働く意思も能力もある人に働かないことにインセンティブを与えるのは政策としておかしいと思います。人手不足が深刻な問題になってきた現状ではなおさらで、議論が起きたのは当然でしょう。

こういう政策を打ちだす人は、働いて報酬を得られる仕事は有限で、だれかが働いて報酬を得るのは、即だれかほかの人の報酬を奪うことになるとお考えなのではないでしょうか。実際にはだれでも豊かになること自体が必要とされる仕事の量を増やすのですが。

それにしても、中国政府の一挙に国庫補助を7割減らすというのは、あまりにも乱暴なやり方です。

アメリカでも内戦の危機が迫っていますが、中国もまた国内各地で暴動が続き、やがて中国共産党一党独裁を打破するための内乱という事態に至るのではないかと懸念されます。

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編集部より:この記事は増田悦佐氏のブログ「読みたいから書き、書きたいから調べるーー増田悦佐の珍事・奇書探訪」2022年2月23日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は「読みたいから書き、書きたいから調べるーー増田悦佐の珍事・奇書探訪」をご覧ください。