「朝鮮モデル」でウクライナ停戦を?:その近未来予想は間違いではない

ウクライナ戦争は2年目に入った。メディアは過去1年間の戦争の総括を報道する一方、異口同音に「停戦の見通しは現時点では見えない」という近未来の予想を付け加えた。

先進7か国首脳会議(G7)にビデオ参加するゼレンスキー大統領(2023年2月24日、ウクライナ大統領府公式サイトから)

その近未来像は間違いではない。中国外務省は24日、12項目からなる中国発ウクライナ和平案を発表したが、同12項目に実質的な和平の可能性が潜んでいると受け取る政治家、専門家は少ない。12項目の和平案を提示する一方、神風無人機をロシアに供与する話を中国側が進めていると聞けば、誰でもそう考えざるを得ないだろう。中国製偵察気球を気象観測気球と堂々と嘘をついてきた中国共産党政権だから、ウクライナ和平案に対しても世界が懐疑的に受け取るのは極自然だ。

ウクライナ戦争の停戦、ないしは和平の実現は現時点では確かに難しい。なぜなら、ウクライナのゼレンスキー大統領はクリミア半島を含むロシアが占領している領土の奪回を目指しているからだ。ゼレンスキー氏は、この前提条件が実現されない限り、ロシアとは如何なる停戦も和平交渉も応じないというのだ。同大統領は、「われわれはミンスク合意の過ちを繰り返さない」と繰り返し述べている(「ミンスク合意」とは、ロシアとウクライナが2015年2月、調停役のドイツとフランスの2国を交え、ウクライナ東部の紛争の包括的停戦内容)

ロシアは現在、ウクライナ領土(主に東部と南部)の約20%を占領している。その占領領土をウクライナ側が奪回し、ロシア軍がウクライナ領土から完全に撤退することを停戦・和平交渉の条件としている限り、ウクライナ戦争は長期戦となり、消耗戦となることが避けられない。

消耗戦となれば、国民経済を戦争経済に再編し、武器製造に乗り出すロシアに対し、欧米諸国からの武器供与に依存するウクライナは不利だ。欧米諸国では攻撃用戦車の供与などを決定し、戦闘機、長射程ミサイルの供与が次のテーマとなっているが、武器弾薬やミサイルなど軍需品の補給、製造体制はまだ整っていない。欧米諸国は現在、ウクライナへの全面的支援で結束しているが、長期化すれば、支援疲れが出てくることが予想される。

それでは停戦・和平交渉は不可能かといえば、決してそうとは言えない。ゼレンスキー大統領が和平交渉の前提条件を放棄し、ウクライナ領土の80%、ないしは90%を確保する一方、欧州連合(EU)に早期加盟することができれば、ウクライナの安全保障は確保できる。そして朝鮮戦争後の南北分断された朝鮮半島のような休戦状況を実現すればいいという。これは米国の著名な歴史学者でロシア専門家のスティーブン・コトキン教授が紹介している内容だ。オーストリア日刊紙スタンダートが24日、報じていた。

プリンストン大学のコトキン教授は雑誌ニューヨーカーとのインタビューの中で、「対ロシア制裁は今日まで有効に機能せず、クレムリン宮殿クーデターは発生していない。一方、ゼレンスキー氏の戦争終結へのビジョン、奪われた領土の回復、戦争犯罪の調査、賠償金の支払いなどは希望的観測に過ぎない。ドニエプル川沿いの国をさらに荒廃させ、居住不能にするだけだ。戦争の終結は、ウクライナが領土の一部を失う事を甘受する代わりに、EUに加盟することだ。過去の実例として朝鮮戦争の解決策がある。そのためには非武装地帯の設置と休戦が必要となる」と主張している。

ウクライナの「朝鮮戦争後の休戦」案はコトキン教授だけの見解ではない。ブルガリアの政治学者イヴァン・クラステフ氏は20日、オーストリア国営放送とのインタビューの中で、「戦争の行方は分からない。サプライズもあり得る」と指摘し、「例えば、朝鮮半島の場合、朝鮮戦争(1950年6月~53年7月)後も南北両国は和平協定が締結されていないが、休戦状況は続いている。同じように、ロシアとウクライナ両国は(双方の譲歩と妥協が不可欠の)停戦・和平協定の締結は難しいとしても、戦場での戦いを休止し、その状況が続く、といった朝鮮半島的休戦シナリオは考えられる」というのだ。米国と欧州のロシア問題エキスパートがウクライナ戦争の停戦・和平案として「朝鮮戦争後の休戦」をモデルと考えているということは興味深い(「ウクライナ戦争と『24年選挙イヤー』」2023年2月22日参考)。

ウクライナ領土80%、ないしは90%をキーウに、残りをロシアに分割する休戦案は、プーチン大統領の野望の一部を受け入れることになるから、ウクライナ側には強い反発が出てくるだろう。ただ、戦争を長期化し、消耗戦となれば、ウクライナ側にも負担は大きい。領土の一部をロシア側に譲る一方、ウクライナが早期EU加盟を実現できれば、北大西洋条約機構(NATO)の加盟とは違い、ロシアの反発は少ない。そして南北分断国家の朝鮮半島で、韓国が経済的に繁栄していったように、EU加盟国のウクライナが経済国として発展していくというシナリオだ。

コトキン教授は、「アイゼンハワー米大統領が1950年代の朝鮮戦争中に韓国を訪れたように、ジョー・バイデン米大統領もキエフを訪れた」と述べ、「朝鮮モデル」がウクライナの休戦実現にも適応できると考えている。

ただ、ロシア側が占領しているウクライナ東部、南部は黒海周辺の重要なエリアだ。また、イスラエルとパレスチナの現状を見ても分かるように、国家の分断は決して停戦を意味せず、紛争が再開する危険性は常にある。その意味で、「朝鮮モデル」をウクライナの休戦に適応する案は和平協定を締結するまでの暫定的な解決策というべきだ。

問題は、ロシアは核兵器だけではなく、生物・化学兵器といった大量破壊兵器を保有していることだ。コトキン教授やクラステフ氏には、「ロシアの化学兵器または生物兵器がキーウの水供給を汚染したり、ロシアの特殊部隊がヨーロッパに多大な損害を与える可能性がある。プーチン大統領が大量破壊兵器に手をかける前に、ウクライナ戦争を早期停戦し、休戦状況に持ち込まなければ危ない」といった現実的判断が働いているのだろう。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年2月26日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。