当方は15日、いつものように仕事に取りかかった。そしていつのように1日が暮れていく予定だった。突然、15日正午頃、知人からSNSが入ってきた。「市内に重武装した警察隊がうろうろしている。何が起きたのではないか」というのだ。
慌ててオーストリア国営放送のヴェブサイトを開くと共に、テレビのスイッチを入れた。あった。「オーストリアの情報機関が首都ウィーンでイスラム過激派のテロが行われるという情報を入手し、それを受け、警察は迅速にテロ対策隊を動員する一方、市内の重要拠点の警備を強化している」というのだ。
情報によると、テロ対象は宗教施設、キリスト教会だという。ウィーン市1区の中心地にあるオーストリアのローマ・カトリック教会の中心地、シュテファン大聖堂周辺にはパトカーが待機していた。路上では、不審な荷物などを持った人に制服警察官が呼び止め職務質問している。
ウィーン市警察のスポークスマンによると、「憲法保護局は情報機関から、ウィーンでイスラム主義者による攻撃が計画されているという情報を受け取った。予防措置として、特別な装備をした警察隊が監視活動を委託された」と説明していた。
テロのターゲットは教会関連施設といわれていたが、市内のキリスト教会はいずれも閉鎖されず、いつものように開いていた。ウィーン大司教区のスポークスマンによると、「教会を閉鎖しなければならないほど危険が差し迫っているかどうかは分からない」として、警察と密接に連絡を取り合って状況を見守っているという。
警察によると、ウィーン工科大学(TU)のガレージなど、特定の場所が捜索されたが、家宅捜査は行われず、15日現在、逮捕者は出ていないという。情報によると、ウィーン市内にあるシリア系キリスト教徒のディアスポラの施設に向けられている可能性があるというのだ。
ウィーン市内には冷戦時代、ソ連・東欧諸国から逃げてきた亡命者が多く住んでいる。彼らが通うキリスト教会がある。例えば、ポーランド系住民のためにポーランド教会がある。同じように、シリア内戦から逃げてきたシリア人のコミュニティには独自のシリア正教会がある。そこには多くの亡命シリア人が参加している。今回のテロ情報によると、イスラム過激派テロ組織がシリアからの亡命者が集まるシリア正教会とその関連施設を狙っているのではないか、というわけだ。
ウィーン警察はツイッターアカウントを通じて、テロが生じた場合、市民への情報を提供している。同時に、うわさを広めたり、警察の活動の写真やビデオを撮ったりしないように市民に要請している。今回の警備体制がいつまで続くかは16日現在、不明だ。警察は、差し迫った危険はなく、パニックになる理由はないと強調し、市民に冷静を呼び掛けている。
ウィーンでは2020年11月2日、イスラム過激テロリストが市内で4人の市民を殺害し、20人に重軽傷を負わすテロが発生した。犯人は20歳、北マケドニア系でオーストリア生まれ。2重国籍を有する。シリアでイスラム過激組織「イスラム国」(IS)に参戦するためにトルコ入りしたが、拘束された後、ウィーンに送還された。そして2019年4月、反テロ法違反で禁固1年10カ月の有罪判決を受けたが、刑務所でイスラム過激主義からの更生プロジェクトに積極的に参加し、同年12月5日に早期釈放された。その後、ドイツやスイスのイスラム過激派と交流していたことが判明した。
ウィーン市では過去、3度大きなテロ事件が発生した。テロリスト、カルロスが率いるパレスチナ解放人民戦線(PFLP)が1975年12月、ウィーンで開催中の石油輸出国機構(OPEC)会合を襲撃、2人を殺害、閣僚たちを人質にした。81年8月にはウィーン市シナゴーグ襲撃事件、そして85年にはウィーン空港で無差別銃乱射事件が起きている。それ以降、首都ウィーンを舞台とした大きなテロ事件はなかっただけに、ウィーン銃撃テロ事件は市民に衝撃を与えた。
ウィーン市は国際都市だ。国際原子力機関(IAEA)や国連薬物犯罪事務所(UNODC)など国連機関や石油輸出国機関(OPEC)を含む30以上の国際機関の本部、事務局がある。冷戦時代からソ連・東欧諸国から政治亡命者が殺到し、オーストリアは「難民収容国家」と呼ばれたことがあった。それ故に、と言ってはおかしいが、テロ事件とスパイ問題は決して珍しいことではない。
ちなみに、駐オーストリアの日本大使館は15日午後12時25分、「ウィーン市におけるテロに関する情報」を配信し、「テロはいつどこで発生するかわかりません。外出の際は普段にも増して周辺の状況に注意してください。また、警察はパニックになる必要はないと報じていますが、万が一の際には、警察官等の指示にしたがって安全な場所へ避難する等ご自身の身を守ることを第一に行動してください」とウィーン在中の日本人に警戒を呼び掛けている。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年3月17日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。