市場関係者が固唾を飲んで見守ったスイスの大手銀行、クレディ・スイスの行方は「お約束通り」3月20日のアジア市場が開くまでにめどをつけることが出来ました。驚くべき展開とパワー、そしてその結末です。
同行を購入したのは同じスイスのUBSです。UBSが正式名称ですが、その名前の由来はUnited Bank of Switzerland で、もともとは1997年に同国第2位のスイスユニオン銀行と同3位のスイス銀行が合併したもので、その後、アメリカのペインウェーバー銀行も買収する経緯があります。その為、事業の1/3がスイス、1/3がアメリカ、残りがその他世界中ということになります。
クレディ・スイスは何年も経営が問題視されていた最中、アメリカでSVB銀行が破綻し、良くない銀行はどこか、という悪者探しの一環でパンドラの箱を開けるような動きが出てました。それからわずか1週間足らずで集中治療室送りとなります。スイスの中央銀行であるスイス国立銀行が15日に支援を発表、17日には同行をUBSと合併させるべく動きを加速させました。一部ではUBSと合併画策では、と金曜日から情報は漏れ始めていましたが、これだけの巨大銀行がほぼ週末の2日間だけで買収の基本合意できるのか、注目が集まっていました。
今回発表された買収案を見て私の第一印象はUBSにとっておいしすぎるディールであった点です。わかりやすい表現をすると「我クレディをこの週末までにお買い頂けるなら我々の金曜日の株価の終値の6割引きでお譲りします。また、突然のお話で失礼もあるかと思いますので私どもの失態に伴う損失が生じた場合、スイス中央銀行様よりお求め頂く金額の3倍までの政府保証をお付けいたします。以上、のしをつけてお引渡しいたしたく、お願い申し上げます」でしょう。UBSにとっては高笑い、こんなおいしいディールは私は見たことも聞いたこともありません。
具体的には買収額はわずか30億スイスフラン、円でおよそ4300億円になります。このような安値取引になったのはUBSがデューデリジェンスが出来ないままクレディの見えないリスクの算出を含む取引額の設定を求められたことでリスク係数が最大の状態でのやむを得ない取引だとみています。企業の売買に携わったことのある方なら売り手と買い手の立場次第で取引価格はいかようにでもなることはご存じだと思います。いくら何でもこれは安すぎるので株主訴訟は確実ではないでしょうか?
さて、世界の金融を見守る「金融安定理事会」では毎年グローバルなシステム上重要な銀行(Global Systemically Important Banks、略称G-Sibs)と称する世界のキーとなるバンクを発表、更新しています。2022年度版ではクレディスイス、USB共に主要30行リストに入っています。それらの銀行は重要度に応じて5段階に分けられ、重要度が増すほど「資本バッファー」と称される最低自己資本の上乗せが余分に求められています。両行は共に5段階中一番下の5段目です。ちなみに日本の銀行では3大メガバンクが入っており、三菱UFJだけがかろうじて4段目、みずほと三井住友は5段目になります。最も上位ランクは現在なく、2段目にJPモルガンが一行、あるだけです。
つまり世界重要30行の一つがわずか4300億円なんてあり得るのか、というお話なのです。
この安値取引が成立した背景はそれだけ世界の金融当局が焦っていた、とも言えます。特にスイス金融当局にとってはこの買収を成立させ、金融市場に安ど感を示さなければどんな状況が生じても驚かない、そんな感じでした。特にアメリカから飛び火した金融問題がスイスというEUの真ん中にあるEUではない国で炎上したということは欧州内の銀行に更に延焼する公算が高かったとも言えます。スイス政府としては「タダでもいいから持って行ってくれ」ぐらいだったと思います。事実、USBはその足元を見て当初の買収提示額が10億スイスフラン(1400億円あまり)でした。馬鹿にしているのか、という金額でした。
ではこの買収劇で今回一連の金融危機は収まるのでしょうか?
目を転じてみましょう。アメリカで破綻したもう一つの銀行、シグネチャーバンクについてはニューヨークコミュニティバンコープが買収交渉に入っています。決まる公算はあると思います。また、SVBについては買収入札を再度行っており、本日が締め切りでしたが、どうやら芳しくないようなので同行を2分割するオプションを提示したうえで入札期間を延長しました。1週間程度で具体的交渉に入るところが決まのではないかと思います。
つまりわずか10日ほど前に始まった金融危機は延焼をとりあえず食い止めた形で新しい週を迎えることになります。多分、大きく売れらた金融機関の株式は買い戻しがしばらく続くとみています。
但し、今回の問題の本質は何一つ解決したわけではありません。急激な利上げ、経営環境を無視した中央銀行の強引で強気な政策姿勢、そして本来であれば今日のブログのテーマであったSNSによる問題拡散の早さが今までの常識を飛び越えたと言えるでしょう。その点ではアメリカとスイスの銀行破綻処理は私から見ればパッチワークであり、とりあえず応急措置を施した、という程度にすぎません。
それなのに先週はECB(欧州中央銀行)は大方の予想を覆す0.50%の利上げを強行しました。個人的にはラガルド総裁は重要な点を見落としていると思います。それは会議室の机上にある無数の資料には載っていない市場と経済の歪であり、「大丈夫!」と言いながら突然、ポキッと折れるリスクを軽視したと考えています。
クレディ・スイスの会長も先週16日頃に「当行は健全である」と自信をもって会見していました。誰も「うち、もうだめだ!」とは言わないのです。でもこれは「ムンクの叫び」なのです。描かれている人物の叫びではなく、その人物が見ている自然界の怯えなのです。この例で言えばクレディスイスが耳を塞いでいて周辺の激変に畏怖の念をみた、ということではないでしょうか?
今の金融界を見る限り私はまだまだFragile (壊れやすい)ので「扱い要注意」だと思います。22日にパウエル議長がどのような声明を発表するか、今回はいつも以上に注目が集まるでしょう。
では今日はこのぐらいで。
編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2023年3月20日の記事より転載させていただきました。