いかにして金融庁は金融機関に常識を教え込むのか

少しまとまった預金があるとして、銀行員から使途の有無を聞かれて、まともに答える人はいない。決まった使途がないといえば、どうせ、外貨預金だの、投資信託だの、保険だのと売りつけられるに決まっているからである。金融機関と顧客との対話は、簡単には成立しない。

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金融庁は、金融機関との対話を重視しているが、様々な権限を有する監督官庁の立場で、金融機関との対等な対話が成立しないことは自覚しているはずである。故に、金融規制当局としての立場と、金融行政を企画立案する立場とを、区別するように努めているのだと思われる。

規制当局としての金融庁は、決して金融機関と対等になり得ないし、対等であってはならないが、金融行政を企画立案する立場では、逆に金融機関と対等の立場で対話するのでなければ、現実社会の問題に対応した施策を実行できないからである。

さて、金融庁のいう顧客本位は、金融規制ではなくて、金融行政に属することである。顧客本位のもとで、金融機関は、例えば、投資信託を販売するに際しては、顧客の資産状況、取引の経験や目的などを把握しなければならず、故に、質問せざるを得ないわけである。

しかし、金融機関と顧客との対話は成立せず、金融機関の質問に真面目に答える顧客などいるはずもない。金融庁は、このことを承知のうえで、金融機関に対して、顧客に直接に質問することではなくて、逆に、そのような質問自体が顧客本位に反していると気づくことを求められているのである。

質問して顧客に関する情報を得ることは、難しいのである。むしろ、質問せずして顧客に関する情報を得ることのほうが容易である。このことを自覚し、そこに創意工夫をすることが商業の基本である。今更に商業の基本を考え直さなければならないところに、金融機関の非常識が露呈するわけだ。

これは、ある種の特権性のもとで、金融機関が徹底的に金融機関本位に経営されてきたことの帰結である。金融庁が近江商人の三方よしを例示に用いているように、顧客本位とは、金融に商業の常識を導入することにすぎないのである。

森本 紀行
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
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