「ナイチンゲールは優秀な統計学者だった」という事実から考える、医療と統計の関係 (サトウ マイ)

仕事でもプライベートでも、ありとあらゆる種類の判断を求められる中で、もっとも役に立つツールが「確率・統計学」です。難しそうに見えて、実は使える場面はたくさんあり、簡単に計算することも可能です。

例えばスーパーのレジで行列に並んで無駄に時間を取られてイライラする……そんな生活の身近な場面でも統計学は役に立ちます。サトウマイ著「はじめての統計学 レジの行列が早く進むのは、どっち!?」から一部を抜粋・再構成して紹介します。

今回は白衣の天使として知られるナイチンゲールが実は優秀な統計学者であり、統計学の知識を活かして戦場で多数の命を救ったエピソードです。

フローレンス・ナイチンゲール TonyBaggett/iStock

衣類の洗濯で死亡率が激減した。

名前は聞いたことがあるという方も多いであろうナイチンゲールですが、「立派なナース」というイメージを持っているかと思います。1850年代のクリミア戦争で、敵味方関係なく、献身的に怪我人を看護したことから「戦場の天使」といわれた人物です。

学校の授業では、「情に熱いエラい人だ」という印象で終わってしまうと思います。しかし、ナイチンゲールのすごさは心意気だけではありません。実際には、死亡者の状況を冷静に分析し、死亡率を大きく減らすことに貢献した人でもあるのです。

クリミア戦争が勃発すると、彼女は自ら志願して38人の看護師を率いて戦場に向かいました。しかし、女性蔑視が強かった当時、彼女らは病院の中に入れてもらうことすら許されなかったのです。有志で戦場にきていたにも関わらずそんな扱いを受けるなんて、私ならば心が折れて、「お疲れさまでした! 頑張ってください! 応援していますね!」といって家に帰ってしまいそうです。

しかし、ナイチンゲールたちは、(もちろん帰らずに)どの部署の管轄にもならず、放置同然だった病院のトイレ掃除に目をつけました。病院内に入らずともできる仕事として、まずトイレ掃除を始めたのです。

次に、管轄が曖昧で、人手がなかった衣類の洗濯の仕事を始めました。すると、清潔な衣類を着ることができるようになり、病院での入院患者の死亡率は急激に改善されていきました。

ナイチンゲールたちは、圧力の強い上層部などに、こうした行動を度々拒まれましたが、自分たちでもできることを行って事態を改善し、少しずつ病院運営に関わることができるようになりました。

戦場で死亡する原因は不衛生。

彼女たちが着任した当時、入院患者の死亡率は42%まで上昇していましたが、衛生状態の改善により、3ケ月後には死亡率は5%まで改善しました。これは大変な改善です。

今でこそ常識になっていますが、病院での死者は、大多数が負傷によるものではなく、病院内の不衛生(蔓延する感染症)によるものであることが、ナイチンゲールたちの活動でわかりました。戦闘によって命を落とす兵士よりも、不衛生な環境から感染症で亡くなる兵士のほうが多かったのです。

そもそも、死因別の死亡数など、必要な統計すら当時はきちんと取っておらず、「戦死は戦闘によって亡くなるものだからしょうがないもの」という思い込みがあったのではないかと思います。その後、病院ごとに記録すべき統計の基準が設けられ、医療現場に活かされていくことになります。

このことは、ナイチンゲールのチームが作成した『イギリス陸軍の保健と能率と病院管理に関する覚書』(1858年) に記されています。ナイチンゲールが証明したこの重要な事実は、のちの看護理論として確立され、現代の看護師が必ず学ぶものになりました。

ナイチンゲールは優秀なプレゼンテーター?

また、今でこそポピュラーになった「グラフ」ですが、数字を視覚的な図で表現することを最初に行ったのは、ナイチンゲールなのです。

数字だけで説明するのではなく、視覚的にわかりやすいことが評価され、人々に受け入れられやすかったのでしょう。「文字ではなく視覚的にわかりやすい情報を入れる」というのも、今ではプレゼンテーションの基本になっています。コンピューターがない170年近く前に、すでにナイチンゲールが実践していたとは驚きです。

「統計が活用されないのは、人々が活用の仕方を知らないから」として、大学教育においても、統計の専門家を育てるべきだと考えたのはナイチンゲールでしたが、残念ながら生前にはかないませんでした。

エビデンスに基づく実践(Evidence-Based Practice ; EBP)という言葉がようやく普及してきましたが、ナイチンゲールは世界で最も統計学を実践に活かした人でもあるのです。そのため、ナイチンゲールは〝統計学の母〟ともいわれています。

サトウマイ 合同会社デルタクリエイト代表社員 データ分析・活用コンサルタント
国立福島大学経済経営学類卒業。一般企業就職後、26歳で独立、データ分析・統計解析事業を始める。現在は企業のマーケティングリサーチや需要予測調査、商品開発支援などを行っている。数学アレルギーから学生時代より文系の道に進むが、統計学と出会いアレルギーを克服。株式会社野村総合研究所主催の「マーケティング分析コンテスト」入賞。学生や社会人向けに、データ分析をリアル謎解きとして楽しみながら、仕事に役立つ実践的なトレーニングを行っている。 URL http://delta-create.co.jp

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編集部より:この記事は「シェアーズカフェ・オンライン」2023年4月8日のエントリーより転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はシェアーズカフェ・オンラインをご覧ください。