孤独・孤立は国家的な課題
日本では孤独・孤立が深刻な問題となっています。高齢者の人口は増加傾向にあり、2040年には全体の4割に達すると予想されています。その一方で、独居世帯の割合も増え続け、同年には高齢者世帯の4割が単独世帯になるとされています。
独居世帯の増加、未婚者の増加、核家族世帯の増加等の影響により、血縁による支えあいの仕組みはだんだんと機能しなくなっています。
若者も同様に孤独・孤立の問題が深刻です。誰にも悩みを相談しないと回答する割合が2割近くに上り、7か国調査で最も高い水準となっています。また、日本はG7諸国の中で、困ったときに頼れる友人や親戚がいるかという社会関係資本の指標が低い位置にあります。
さらに、終身雇用や年功序列などといった雇用環境も失われつつあります。非正規雇用者や派遣労働者などが増加し、社縁というべきものも希薄になってきています。
地縁も減少傾向です。例えば東京都が東京23区を対象とした2020年の調査 では自治会の加入率は人口の約54%と推計され、ほぼ半数の住民しか加入していない状況となっています。
社縁、血縁、地縁が減少する中でどんな人であっても孤独・孤立に陥るリスクがある人が増えているのです。
孤独そのものは必ずしも問題ではありませんが、不安を感じることが問題となります。20-39歳の層で、「周りに親しい人がいないことが現在の不安」と回答する割合は約10%台後半、「高齢になって孤立することが将来の不安」と回答する割合は約20%台中盤となっています。これらの結果から、多くの国民が孤独に関する不安を抱えていることが伺えます。
参考:https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/juten_keikaku/dai5/siryou2.pdf
参考:https://www.tokyo23-kuchokai-kiko.jp/report/docs/bcbf19568b9bb4d4ccfc9735cb195f292b20e3fa.pdf
新型コロナウイルスの影響による経済活動の停滞が、様々な不安を抱える人々を増加させています。自殺者数や虐待件数、DV相談件数、不登校児童生徒数など、2020年以降のコロナ禍後に増加傾向が見られます。これらの状況は、日本社会に潜んでいた孤独・孤立のリスクがコロナ禍によって一層加速したと言えるでしょう。
孤独・孤立対策のこれまでの政策の流れ
孤独・孤立政策の課題が日本で浮き彫りになるなか、孤独孤立政策の動きも加速します。2021年1月に自民党の若手議員が孤独孤立に関する勉強会を開催し、3月に政策提言を行いました。
2021年1月28日の参議院予算委員会では、伊藤孝恵議員(国民民主党)が孤独問題の担当大臣は誰かと総理に質問しましたが、その場で当時の菅総理から担当であると指名された当時の田村厚労大臣が驚く様子を見せました。政府内での孤独・孤立問題の担当省庁が不確かであるという印象が生じたことから、政府内での取り組みも加速します。
この質疑から2週間後の2021年2月12日には、総理が坂本哲志地方創生大臣を孤独・孤立対策担当大臣として任命します。その1週間後の2月19日に内閣官房に孤独・孤立対策室が設置され、孤独孤立対策を実行する担当部署が政府内に整備されました。
続いて、2021年と2022年の12月には、孤独・孤立に関する重点計画の策定および改定が行われました。そして、2023年2月には孤独・孤立対策推進法案が国会に提出されるに至りました。
今回は、この法案のポイントをお示しするとともに、法律ができた後どのように政策が進んでいくのかという見通しについても解説していきます。
今回の孤独孤立法案は理念を示す基本法、どういう意味があるのか
この法案は、いわゆる基本法に近いものです。基本法とは、ある分野における国の政策として重要なものについて、その方針を示すもので多数ありますが、一般的な構成は以下のようなものです。
‐基本理念
‐国・自治体・国民などの責務
‐法律の理念を実現するための計画策定
‐実施すべき基本的施策
‐計画を策定するための会議体の設置
このように念頭に置く未来を実現するための政策の理念や方向性について規定するものが基本法で、具体的な政策内容については別途個別の法律で定めたり、予算を確保したりします。今回の孤独孤立法案も、基本理念を明らかにし、国などの責務を規定し、基本的な政策として、孤独・孤立の重点計画の作成や基本的施策に言及し、国や自治体における会議体の設置を規定している点で、基本法とかなり近い構成になっています。
具体的な政策の中身が書いていないからといって、基本法に意味がないことにはなりません。
基本法には、「ここに書いた政策を実現するために、政府は法律をつくったり、予算を付けたりしないといけません」と規定があるのが一般的です(孤独孤立法案にも同様の記載があります)。
つまり、基本法があることで、予算の継続的な確保につながったり、新しい立法につながったりするのです。今回の法案にもいくつか次の政策につながりうるヒントが隠されています。
(執筆:西川貴清 監修:千正康裕)
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編集部より:この記事は元厚生労働省、千正康裕氏(株式会社千正組代表取締役)のnote 2023年4月10日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はこちらをご覧ください。