「モア・フロム・レス」vs.「グリーン経済学」

アゴラでの池田信夫さんの記事「アゴラ経済塾「グリーン経済学への招待」」で、「地球温暖化は現に起こっており、その対策は必要ですが、そのためには天文学的なコストがかかるのです。それを踏まえた上で、費用対効果を考える必要があります。」とあり、杉山大志(著)「「脱炭素」は嘘だらけ」が紹介されていました。

僕もノギタ教授のユーチューブ動画で、この本を取り上げて、現在314本の動画を公開しているなかで、第二位の動画再生回数を叩き出しています(と言っても、3039回ですが。。。)

【研究者の書評-22】杉山大志 (著)「「脱炭素」は嘘だらけ」

そして、池田信夫さんは、「環境問題を経済的に考え」ることを提唱されており、工学研究者の僕としては、経済学という新しい観点から脱炭素を考える手段として、以下の池田さんお勧めの本を読んでみることとしました。

アンドリュー・マカフィー(著), 小川敏子(翻訳) 「MORE from LESS(モア・フロム・レス) 資本主義は脱物質化する」

ウィリアム・ノードハウス(著), 江口泰子(翻訳)「グリーン経済学――つながってるけど、混み合いすぎで、対立ばかりの世界を解決する環境思考」

どちらの本も、人類に過去に起こった公害、特に工業化が進んだ過去の工場からの大気汚染物質排出に対する行政や企業の対応を参考にして、その延長戦上でCO2排出問題を考えています。工学研究者の僕としては「ああ、経済学とは、個々の自然科学の定義よりも、全体での「損得勘定」を重視するのだなあ」と半分は批判的に読んでしまいました。

つまり、過去大問題となった工場や石炭火力発電所からの「大気汚染物質(NOx, SOx,PM2.5などで、現在の日本の最新鋭の石炭火力からは大気汚染物質はほとんど出ません)」と、科学的に明らかに大気汚染物質ではない、だけれども地球の気温を上昇させる効果がある「地球温暖化要因物質」のCO2を、「人類への被害」という観点で同一視している点が非常に気になりました。

そして、結論としては、地球温暖化に関する人類の真の目的は「人類が豊かに暮らしていくこと」であり、「CO2を抑制すること」はその目的を達成させるための手段の一つであること。手段には「抑制」だけではなく、温暖化に影響された災害から人類を守るための防災、つまり「適応」も大切だということが両者に共通することだと思います。

その「人類が豊かに暮らしていくこと」にかかるお金を一番少なくする、最適解を見つけるのが経済学の使命で、その最適解は、ロンボルグ氏が以下の査読付き学術論文で示した、2100年までに3.5C上昇するぐらいのCO2排出と災害対策(インフラ整備、防災など)だと理解しました。

Bjorn Lomborg, “Welfare in the 21st century: Increasing development, reducing inequality, the impact of climate change, and the cost of climate policies”, Technological Forecasting & Social Change 156 (2020) 119981

ScienceDirect

そのCO2放出抑制のための資金は、「炭素税」という形で徴収すべきだというのが、MITスローンスクール、デジタルビジネス研究センター主任研究員のマカフィー氏、そしてノーベル経済学賞も受賞されたノードハウス氏の提案で、おそらく多くの経済学者の方々はそれに同意されているのではないでしょうか。

もう一つ、どちらの本にも共通している点は、人類が経済的に発展し、「豊かに暮らしていく」ためにはイノベーションが必要条件であり、それを起こすためには、研究開発を継続していくことが唯一の道だというこという主張です。その点では、「人類が豊かに暮らしていくため」に工学研究を続けている僕にとって、背中を押してくれる嬉しいお話でした。

二つの本の内容にあまり違いはありませんが、しいて言えば、マカフィー氏は「人類に直接的に健康被害を及ぼす大気汚染物質(NOx, SOx,PM2.5など)」と、気候変動による自然災害で間接的に人類に被害を及ぼす「気候変動要因物質(CO2)」は、明確に分けて考える必要がある、としているのに対し、ノードハウス氏はそれら(「大気汚染物質」と「気候変動要因物質」)を人類への損害(被害)という意味で完全に同一視している点だと思います。

経済学の観点から、「大気汚染物質(NOx, SOx,PM2.5など)」も「気候変動要因物質(CO2)」もどちらも同じだとする、もしくはその違いをあまり重視しないことには、工学研究者の僕としては強い違和感があるので、あえてどちらの本がよりお勧めかというと、断然前者、

アンドリュー・マカフィー(著), 小川敏子(翻訳) 「MORE from LESS(モア・フロム・レス) 資本主義は脱物質化する」

ということになります。

動画のノギタ教授は、豪州クイーンズランド大学・機械鉱山工学部内の日本スペリア電子材料製造研究センター(NS CMEM)で教授・センター長を務めています。