映画『Winny』の法廷陳述に見る開発者・金子勇の無念

近著「国破れて著作権法あり~誰がWinnyと日本の未来を葬ったのか」(以下、「国破れて著作権法あり」)の帯に黄色い文字で「Winnyの開発は早すぎたのでしょうか。それとも遅すぎたのでしょうか」とあるのは、映画でも紹介している金子氏の法廷陳述から引用した。

このため、3月11日の東宝シネマズ六本木ヒルズでの舞台挨拶付上映に続いて、今回は近くの映画館で視聴した。以下、映画のパンフから法廷での最終陳述に解説を加えながら紹介する。

 

私は、科学技術は素晴らしいものだという1970年代に生まれ育ちました。今でも私は、科学技術は素晴らしいものだと信じています。

そしてこれまで、私は色々なプログラムを作り発表してきました。新しい技術を生み、表に出していくことこそが、私の技術者としての自己実現であり、また、私なりの社会への貢献だと考えているからです。

このように金子氏は社会を良くしようとして、プログラムを開発した。「Winny 開発者・金子勇 死後10年に想う(上)」のとおり、欧米にも社会を良くしようとしてプログラムを開発した天才プログラマーは多い。

彼らが億万長者になっているのと対照的に金子氏は不当に逮捕・起訴された後、無罪を勝ち取るのに42年の短い生涯の7年半を奪われた。最終陳述は続ける。

10年前にWinnyを作っても、検証ができなかったでしょうし、10年後にWinnyを作っても、ありふれた技術だと見なされたでしょう。

この後、冒頭紹介した「Winnyの開発は早すぎたのでしょうか。それとも遅すぎたのでしょうか」の一文が続き、その後に以下の文章が続く。

Winnyに関して色々言われていますが、これらの問題は技術的に解決可能だと思っていますし、Winnyは将来的には評価される技術だと信じています。

ソフト開発ではまずベータ版(試作品)を出して、バグ(欠陥)やセキュリティ・ホール(安全上の弱点)を利用者に指摘してもらい、改良を加えて完成版にしていくのが一般である。

2004年5月に金子氏が逮捕された後はこの作業がストップしたため、映画でも紹介している愛媛県警を始め多くの公的機関の情報が流出し、回収不能となった。2006年3月、安倍官房長官(当時)がWinnyの利用自粛を要請するにおよんで、Winnyはすっかり悪者になってしまった。

映画でも金子氏はたった2行の改良でWinnyの脆弱性を克服できると証言している。陳述は以下のように結ぶ。

ここで今日、いろいろ言われてきた問題に対する対策を施したWinnyを持って来ました。しかし、今の私にはこれを公開することすらできません。私が、Winnyの開発中断を余儀なくされてからすでに2年半以上にもなりますが、その間にも世界中でさまざまな新しい技術が生まれ、私の方でも新しいアイディアを思いついています。ですが、それを実際に形にすることすら出来ません。私にはそれが残念でなりません。

金子 勇

国破れて著作権法あり」の表紙下の緑の帯は「YouTube に先んじること3年、2002年5月、Winnyは誕生した。」という文章で始まる。

金子氏が開発中断を余儀なくされ、新しいアイディアを思いついても形にできずに手をこまねいている間に、世界はWinnyに追いつき、追い越してしまっただけに金子氏の無念やるかたない気持ちに胸が締め付けられる。