働き方改革における自己研鑽への誘因

タクシーは、真に顧客の利益に適うためには、最適経路、即ち、最短距離かつ最短時間で、故に同時に最小費用となる経路によって、目的地へ到達しなければならない。そして、タクシー事業が合理的なものとして持続可能であるためには、全てのタクシーが最適経路で運行されるときに、タクシーの供給と需要が均衡し、タクシーの稼働率が最大となり、タクシー事業全体の利益と運転手の所得が最大化しなければならない。

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こうしたタクシー事業の理想を実現するためには、タクシー料金は、最適経路における距離と時間で算定されなくてはならない。最適経路ではない経路が選択されたときには、原価は上昇しても料金は同じなので、タクシー会社に損失が発生するが、歩合制のもとでは、それは同時に運転手の損失となし得るので、運転手は最適経路を選択する方向へ動機づけられる。

こうして、タクシー事業の合理性のもとでは、運転手は、論理的な要請として、時間に応じた報酬から、成果に応じた報酬への転換に直面するのであり、その結果、最適経路を選択できるだけの知識を要求されて、自己研鑽への利益誘因を見出すのである。そして、このように、成果を基準にした制度設計のもとで、働く人の自己研鑽努力を促すところに、働き方改革の本質があるわけである。

働き方改革には、明瞭に個人の自立と自律を促す要素が組み込まれている。タクシーの運転手として、真のプロフェッショナルを目指すとき、より具体的には、個人タクシーを開業しても十分にやっていけるだけの自負を形成しようとするとき、自己研鑽は絶対的な要件となる。

一般に、働く時間の短縮が働き方改革との関係で真の意味をもつとしたら、余暇を自己研鑽に充当する場合だけだが、タクシーの場合、被用者としての運転手から、独立した自営業の運転手への成長に向けて、自己研鑽が被用者としての勤務のなかで構造的に促されるとき、顧客、運転手、タクシー事業者の三者の利益は、同時に増加する方向へ協調されるわけである。

働き方改革の本質は、他律から自律へ、苦役としての労働から生きがいとしての仕事へという転換である。強制されたら苦役となることも、生きがいとして自律的に行えば喜びになる。苦役だから辞めることが目標となり、辞めれば所得がなくなるから老後生活資金形成が問題となるわけだが、喜びなら続けることが目標になり、働ける限り働くので所得がなくならない。

こうして、政策全体の整合性のもとで、働き方改革が公的年金等の老後生活資金形成の構造改革と連動していることは明らかである。

森本 紀行
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
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