異次元金融緩和策を続ける日銀には隠し事が多い

日本銀行HPより

「見えるか化」で緩和の代償を示せ

植田・日銀新総裁は過去25年間の金融政策について多角的なレビュー(検証)をすると明言しました。大いに期待するとして、それにしても異次元金融緩和の結果や効果はもちろん、その裏側に隠れているコスト、代償について隠し事があまりにも多かったように思います。

一種のカモフラージュでしょう。国民が知りたい本当のところを説明しないのです。民主主義国家の中央銀行がこんなことをしてはいけない。

日経新聞の人気コラム「大機小機」が「量的緩和の出口における損失の『見える化』を」(5月10日)と主張していました。「英中央銀行(イングランド銀行)は金融緩和の出口で被る損失の将来推計を四半期ごとに公表している」とし、日銀も見習えといわんばかりの批判です。

全く同感です。黒田・前総裁は「出口論をする段階ではない」を口癖とし、異次元緩和による異常な金融・財政状態からの正常化について、無言を続けました。議論さえ封じ、出口計画の有無すら言わず、まして出口で発生する政府・日銀の損失(費用)の推計にも触れませんでした。

財務省OBの経済学者、野口悠紀雄氏が近著「日銀の責任 低金利からの脱却」(PHP新書)で、大規模金融緩和で消費者物価を2%押し上げるという政策は失敗だったと断定し、本当の狙いは別のところにあったと指摘しています。言わば野口版の「見える化」の試みと言えます。

【参考】日銀OBが新刊で異次元緩和の恐ろしい結末を警告

日銀OBが新刊で異次元緩和の恐ろしい結末を警告
緻密な分析で黒田氏を痛烈に批判 黒田日銀総裁の退任に向けて、10年に及んだ異次元金融緩和を総括する出版物、解説やインタビュー記事が多数、発表されています。黒田氏自身、日銀自身が「本当のところはどうなっているのか」の検証をし、日銀もその公表...

同氏は「9年かけても物価は2%に上昇しなかった。それが22年に海外からのインフレ(資源高)が輸入されると、4%を超えた。輸入物価の高騰の半分は金融緩和がもたらした円安による」と指摘しています。

「日銀の国債購入によって貨幣供給量が増大すれば、貨幣数量的なメカニズムを通じて物価を引き上げる」との当初の説明は、「空振りに終わった」というのです。「物価上昇率が高まったのは、国内要因(異次元緩和策)ではなく、外生的な要因による」と。正しい分析でしょう。

消費者物価が3、4%上昇となっても、いろいろ理由をつけて日銀は利上げ、金融正常化に動こうとしていません。円安についての説明は「異次元緩和策は円安そのものは目的としていない」でした。「日銀の国債大量購入は財政ファイナンスのため」に至っては完全否定でした。

野口氏は「異次元緩和で行おうとした本当の狙いはこうだった」と。

  1. 国債の大量購入で金利を引き下げる
  2. 金利引き下げで財政資金の調達を容易にする
  3. 内外金利差を拡大し、円安を実現する
  4. 円安によって大企業の利益を増大させる
  5. 株価も引き上げる(そのために禁じ手であるETFまで購入)

「急激な円安になっても、物価が上がっても、日銀が金利抑制策をやめなかったのはなぜか。低金利と円安が真の目標だったからだ。物価の安定(2%達成)や賃金の上昇は、本当の政策目的ではなかった」と。

植田新体制は状況をみつつ、大規模金融緩和からの方向転換を図る段階に入らざるを得ません。野口氏は「出口で起きる金利上昇局面では、民間銀行が預けている日銀当座預金の金利(付利)が上がる。他方で保有している既発国債の利子収入や増えない。日銀の収支は悪化する。保有国債の評価損が現実の問題になる(顕在化)」と。正論でしょう。

出口における金利上昇→日銀の収支の悪化→債務超過→国庫納付金の減額→財政状態の悪化→歳出削減か増税という連鎖で、大規模緩和の代償が国民に回ってくるのです。10年も続けた大規模緩和の結果はこれです。

日銀OBの河村小百合氏も近著「日本銀行 我が国に迫る危機」(講談社現代新書)で、同様の指摘をしています。「日銀は超金融緩和からの転換を頑なに拒み続けているのは、深刻な理由があるからだ。金利上昇局面に入ると、日銀の財務体質が悪化し、赤字に転落する。それが数年続くと、債務超過に陥る」と。野口氏と同じです。

もう一つの本当の理由として、河村氏は「正常化が財政に与える影響だ。国債金利上昇に対応した国債発行額の減額、歳出削減に迫られ、財政が行き詰まる。それに政府、日銀が堪えられない」と。これも野口氏と同じです。

先日、ヘッジファンドの国際的投資家、バフェット氏が来日しました。投資の原資は超低金利の日本でも調達し、ドルで運用する。いわゆる円キャリー取引です。ヘッジファンドが国債のから売りで大儲けした分、日銀保有の国債は値下がりし、最終的には財政問題に波及し、国民の負担になる。

これらの問題に対し、日銀は触れようとしてこなかったし、聞かれてもはぐらかす答えばかりでした。主要国の中央銀行で、日銀のように国民に正面から向き合わない国はないでしょう。

欧米は金利引き上げによって、インフレを抑制することを優先しています。「日本も不況入りを覚悟し利上げせよ。国債に対する安易な依存を防ぐ強力な方法は、利上げで資金調達のコストを高くすることだ」(野口氏)。

「政府、日銀の経済政策をチェックする政治勢力が存在しない」と野口氏は嘆く。野党は与党の不祥事や目先の点数稼ぎなどをやめ、植田新体制から大規模緩和の代償の「見える化」を求めたらよい。


編集部より:このブログは「新聞記者OBが書くニュース物語 中村仁のブログ」2023年5月13日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、中村氏のブログをご覧ください。