こんにちは。
今日はますます深刻化しているアメリカの銀行危機について、建国直後から続いていた市場経済と統制経済の対決がついに決着に近づいているという視点から考えてみようと思います。
アメリカ国民は昔から金融寡頭政を警戒していた
まず、次の年表をご覧ください。
最初の3分の1ぐらいは、アメリカでは中央銀行を設立しようという試みがなかなか成功しなかったため、先進国としては珍しい金融制度が続いていたことを示しています。中央銀行が存在しなかった1837~63年には、銀行の監督権限は各州に委ねられていました。
ウィスコンシン州のように「そもそもカネを貸して金利を取る商売自体が非倫理的だ」というイスラム教にも似た信念から銀行業そのものの存在を許さない州もあれば、「我が州には銀行は一行だけあればいい」という州もあり、一定の証拠金さえ積めば自由に銀行を開設して発券業務もおこなえるという州もありで、てんでんばらばらでした。
それで当時のアメリカ経済が混乱を極め成長が抑制されていたかと言うと、後編で国民1人当たりGDPの成長率グラフをご紹介しますが、各州それぞれで銀行のあり方がまったく違うことは、あまり経済成長の制約にはならなかったようです。
世界中どこの国にも「金融市場が一握りの大手銀行に牛耳られてはいけない」と考える人はいましたが、民間大手銀行だけではなく、国有あるいは国の認可を得て発券業務をおこなう中央銀行まで警戒されていたのは、アメリカだけかもしれません。
アメリカでは一般大衆だけではなく、各産業の大手企業の中にも民間の大手銀行が強大になることだけでなく、銀行を監督する中央銀行の権限が大きくなることを恐れる人たちが多かったのです。
のちに、あらゆる産業分野を監督すべき官庁がワイロによって各業界の大手企業に手なずけられてまったく監督権限を発揮できなくなるばかりか、不正行為に荷担するようになることを、当時から予見していたのかもしれません。
19世紀末と言うと「金ぴか時代」と呼ばれることもあるほど、さまざまな分野でカルテルやトラストが業界全体を支配していた時期なのですが、次の諷刺画でおわかりいただけるように、産業資材のトラストばかりで金融トラストは登場していません。
1913年に連邦準備制度というかたちで中央銀行が設立されたときにも、単一の金融政策をおこなう銀行としてではなく、全米を12の地域に分けてそれぞれの地域にひとつずつ連邦準備銀行を置くことになっていました。
そして、連邦レベルでの金融政策は合議制で執行することにして、アメリカ国民の多くが共有する中央銀行アレルギーを回避するなどの小手先の工夫をこらして、なんとか設立にこぎつけたというのが実情です。
こうした金融寡頭政への極端な警戒心にも配慮し、州法銀行時代からの伝統にも影響されて、1927年には「銀行は本店所在州以外に支店を出してはいけない」といった法律も制定されていたのです。
ロビイング規制法の影響が金融業界にも
ところが第二次世巻大戦の終戦直後の1946年に制定された「ロビイング規制法」という名の贈収賄奨励法が制定されました。それまで巨大化への道をさまざまなかたちで封じられていた銀行業界が、この法律に眼を付けないわけがありません。
ロビイング規制法成立からちょうど10年後の1956年には、持株会社を通じて銀行が複数の州に支店を持つことを禁ずる「マクファデン法」という法律も制定されました。
これは多くの州に支店を出そうとする大手銀行の規制緩和要求を封じこめるための法律でした。まだこの頃までは、カネの力で買収されてしまった議員ばかりではなかったようです。
しかし、ロビイング規制法成立のほぼ正確に50年後の1994年に制定され、1997年からフルに施行された州際銀行支店効率化法によって、とうとう大手銀行資本が自由に多数の州に支店網を構築することができるようになったのです。
当時の監督官庁は「そもそも銀行が1州の中にしか支店網を持てないという制約が時代遅れで不自然なものだから、この規制緩和によって銀行業界全体の効率性が増す」というスタンスをとっていました。
実際にも、多くの州に支店を持つことができなくても、大手行と中堅以下の銀行のあいだの経営規模格差はかなり大きくなっていました。
セントルイス連邦準備銀行のホームページにも掲載された『州の境界を超えて――アメリカ銀行業界の新たな夜明け』という論文のタイトルからも、画期的で銀行業の効率化に貢献するすばらしい規制緩和政策という意気込みが読み取れます。
ただ、こうした規制緩和が社会全体にとって有益なものとなるためには、あらゆる業界で大手企業が監督官庁を抱きこんで自分たちに有利な法律や制度をつくらせているロビイング規制法のような悪法をまず廃棄しておくことが必要でした。
群雄割拠の銀行業界にも整理統合の波が
贈収賄奨励法が撤回されないまま弱肉強食の買収・合併が増えたため、貯蓄貸付組合危機が収まってから下げ止まっていたアメリカに存在する銀行の数がまた急ピッチで減少に転じました。
中堅以下の銀行を吸収してますます資金力が強まった大手行は「危険なギャンブルに手を出しても、勝てば儲けは自分たちの懐に入ってくるし、負ければ<大きすぎて潰せない>という口実で国が救済してくれる」と見こんでハイテクバブルに突っこんでいきました。
金融危機続発を招いた大手銀行の投機
21世紀に入ってから、2000~02年のハイテクバブル、2007~09年の国際金融危機、2011~13年のユーロ圏ソブリン危機、そして2020~21年のコロナショック、さらに2022年に始まったアメリカ銀行危機と、ほぼ4~5年に1度ずつ金融危機が起きています。
その理由は、大手銀行は「絶対に、たっぷりワイロを貢いでやった国が自分たちを潰せるわけがない」と確信して危険な投機に資金を注ぎこみ、中堅以下の銀行は生き延びるために本業でリスクの大きな融資をせざるを得ない状況に追いこまれているからです。
そのへんの事情は次の2枚組グラフからもうかがうことができます。
上段はFIREとも呼ばれる金融・保険・不動産業界からのロビイング投資が2000年以降全産業のロビイング投資より高い成長率を維持していることを示しています。
不動産業界ではあまり伸びなかったのですが、医療・健康保険業界大手が健康保険の国民皆保険化を阻止するために大口献金をしたのと、中小銀行の吸収で資金力が高まった大手銀行がサブプライム住宅ローンの証券化などをやりやすくするために献金したからです。
そして、2003年頃まではロビイングの伸びにつれて住宅ローンの証券化販売も増えていたけれども、2004年以降横ばいからやや下降気味になったことがわかります。
ロビイングを熱心にやっていた大手銀行が「サブプライムローンはかなり高金利なので持っていれば大きな金利収入になるし、焦げ付いたら国が救ってくれる」と考えて、証券化によってリスク回避する必要を感じなくなったためです。
連邦準備制度の利上げで事態は一変
このあくどいなりに安定した収益をあげていた銀行業界に波乱が起きたのは、2022年春から連邦準備制度が連続的な金利引き上げに取り組んだためです。
それまで、銀行業界としては融資や投資で稼ぐ利回りが低くても、当座預金はもちろんのこと、定期預金でもほぼゼロ金利で済んでいたため、低いながらも安定的にプラスの利ざやを稼げていました。
ほとんどの機関投資家が投資と投資のあいまに遊休資金を入れておく財布代わりに使っていただけのマネーマーケットファンド(MMF)が、連邦準備制度によるフェデラルファンド金利引き上げに連動して、とんでもない高利回り商品になってしまったのです。
上段は、MMFの利回りがフェデラルファンド金利とぴったりくっついてゼロ金利から4%超の高金利商品へと変貌した過程を描いています。
下段は、MMFが主要な運用法としているリバースレポの利用が2022年後半から常時2兆ドルを超えるほど大きくなったことを示しています。
リバースレポとは、手持ちの米国債を一晩連邦準備制度に「貸す」だけで、フェデラルファンド金利プラス1%の利回りを日割り計算した分だけ翌日には安く買い戻すことができる制度のことです。
MMFの運用者はどっとリバースレポの利用に資金を注ぎこむことができますが、銀行は長短様々な期限でかんたんに換金することはできない対象にも融資をしているので、同じように高金利を稼ぎ出す方法はありません。
というわけで、アメリカ中の商業銀行の預金総残高が、次のグラフで見るとおり激減してしまいました。
アメリカで現在進行中の銀行危機は、決して個々の銀行で運用が拙劣だったために損失が膨らみ破綻にいたったという話ではありません。
中堅クラスで商業不動産開発や商工ローンを地道に拡大してきた銀行が、いっせいに預金の大量引き下ろしに対応するための流動性が確保できずに、綱渡りのような資金繰りを強いられているのです。
預貸率(預金中で融資に回している金額の比率)は50%台にとどめて投資や手数料や顧問料などに依存している大手は、比較的被害が少ないようです。それもこれだけ銀行危機が深刻になっても、まだ株式市場がボックス圏の取引きで済んでいるからこそです。
株価がはっきり下落方向に動き出したら、アメリカの銀行業界は総崩れになるでしょう。
もうひとつ注意すべきことがあります。それは個人投資家もひんぱんにMMFを利用するようになってから、預金は瞬間蒸発とも言えるほどあっさり短期間に消えるようになったことです。
預金は瞬間蒸発する
今のところ最新の銀行破綻犠牲者であるファースト・リパブリック銀行は、去年12月末の時点では全米商業銀行中第16位で、1764億ドルの預金残高を持っていました。
ところが、今年3月に預金残高第20位だったシリコンバレー・バンクが破綻してから、急拡大を続けた企業体質の類似性もあって「あの銀行も怪しい」という疑惑を招き、3月中旬にまず株価が急落しました。
次の2枚組グラフの下段中央あたりの大幅な下げです。
その後下げ止まって、4月末まではほぼ横ばいを保っていましたが、今年第1四半期(1~3月)の決算で預金残高が激減したことが露呈して、結局5月1日には連邦預金保険公社の保障のもとでJPモルガンに救済合併されることになりました。
どれくらい大きな預金減少だったか、それがどれほど大きく株価に影響したかを図示したのが次の2枚組グラフです。
去年の12月末には1764億ドルだった預金残高が、たった3ヵ月で約700億ドル減少していました。しかも、これはJPモルガンなど大手銀行数行による300億ドルの協調融資が預金というかたちを取ったので、300億ドル上げ底された数値です。
つまり、たった3ヵ月(そのほとんどはシリコンバレー・バンクの破綻以降)で約1000億ドルの預金が流出していたのです。その結果、株価は約20分の1に下がっていました。
現在もウエストパック銀行が末期のファースト・リパブリックと似たような株価の動きをしています。
また、もっと大きな銀行では昨年末預金残高第11位で証券業務では大手の一角を占めるチャールズ・シュワブが「満期まで保有するので含み損を計上する必要無し」として巨額含み損の開示を拒んでいます。
まだまだ銀行危機の火種は尽きないというところで、来週後編をお届けします。
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編集部より:この記事は増田悦佐氏のブログ「読みたいから書き、書きたいから調べるーー増田悦佐の珍事・奇書探訪」2023年5月12日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は「読みたいから書き、書きたいから調べるーー増田悦佐の珍事・奇書探訪」をご覧ください。