科学的に思考することのできない人たちが権限を持っている日本

個別化ネオアンチゲンワクチン:日本は国策として取り組むべきだ。

5月10日にNature誌からオンライン出版されたのが、すい臓がんに対してネオアンチゲンを利用した結果を報告した「Personalized RNA neoantigen vaccines stimulate T cells in pancreatic cancer」というタイトルの論文だ。

ニューヨークのMemorial Sloan Kettering Cancer Centerが中心となった成果で、コロナmRNAワクチンで注目されたビオンテックも加わっている。ビオンテックは2017年にネオアンチゲンmRNAワクチンをNature誌に報告している老舗なのだ。

Natali_Mis/iStock

手術によって摘出されたがんDNAのシークエンスを解析して、それを元にネオアンチゲン候補を予測した。そして、患者一人当たり最大20種類のネオアンチゲンを作ることのできるmRNAを投与して、その免疫反応と、再発を追跡したものだ。

手術後、免疫チェックポイント抗体と抗がん剤治療(後者は受けなかった患者もいる)に加えてネオアンチゲンmRNAを投与した。第1相試験として16人の患者に投与したところ、8人ではネオアンチゲン特異的T細胞が誘導されており、そのうち半数では複数のネオアンチゲンに反応していた。多いケースでは、ネオアンチゲン特異的T細胞が血液中の10%まで増えていたケースがあった。

著者らが、ネオアンチゲン特異的T細胞が誘導された群(8名)と、そうでなかった群(8名)を比較したところ、前者は手術後18カ月以上を経過していた6人の患者で再発が0であったのに対し(手術後18か月が経っていない二人を含めても0)、後者では手術後18カ月を経過した7人中6人で再発が認められていた。

HLAに結合する可能性のあるネオアンチゲンは予測可能だが、それで免疫が誘導されるかどうかはやってみないとわからないので(予測できると考えている人は人の免疫系を十分にわかっていない人だ)、免疫が誘導された患者とそうでない患者を比較評価するのは科学的に妥当だと思う。

それにしても悔やまれるのは、われわれがかつて行っていたオンコアンチゲンワクチン治療でも、免疫反応の有無で分類すると予後に差が出ていたことを主張できなかったことだ。今でこそ、免疫療法は市民権を得たが、当時は免疫療法=似非療法と主張する人が大半だった。科学的に思考することのできない人たちが権限を持っているので、日本はすべてで遅れてしまっている。

もう遅いかもしれないが、今すぐ、国策として取り組むべきではないのか?

PS: 金曜日にG7会議で来日されたドイツの保健大臣と30分ほど話す機会があった。日本の政治家にはいない科学の分かる人だった。話していた楽しかったが、彼我の差を痛切に感じた。


編集部より:この記事は、医学者、中村祐輔氏のブログ「中村祐輔のこれでいいのか日本の医療」2023年5月14日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。