ジャニーズ事務所の「知らなかった」発言を批判できないテレビ局とスポンサーと広告代理店の忖度(中嶋 よしふみ)

シェアーズカフェ

BBCによる告発番組と、元所属タレントのカウアン・オカモト氏による告発会見から始まった故ジャニー喜多川氏による性加害疑惑を受けて、ジャニーズ事務所は社長の藤島ジュリーK氏(以下景子氏)の謝罪動画を公式サイトに掲載した。

なぜ会見をしないのか? と批判は多数あるものの、一旦は公式見解を公表したことになる。各種質問に対する回答(以下公式コメント)の中でも、特に注目されたものが喜多川氏による性加害について「知らなかった」という回答だ。

ジャニー喜多川氏の性加害を事務所、またジュリー社長は知らなかったのか?

知らなかったでは決してすまされない話だと思っておりますが、知りませんでした。

故ジャニー喜多川による性加害問題について当社の見解と対応(ジャニーズ事務所公式サイトより)

一部で誤解されているが、過去の告発や週刊文春による性加害疑惑の報道、その後の文春に対する名誉棄損訴訟で負けたことなど、これらについて知らないのではなく、実際に性加害が行われていたかどうか知らなないという回答だ。

公式コメントでは性加害の事実関係については改めて事実確認をするという回答にとどまっている。ほぼゼロ回答だ。現状では告発者の発言は否定しないものの、過去の疑惑や名誉棄損の訴訟で負けたことについて喜多川氏のやっていないという説明を信じていた、というのがジャニーズ事務所の公式見解だ。

過去の多数の疑惑に加えて、カウアン氏による実名の告発、そして新たに国会で行われたヒヤリングでも実名の告発が行われ、「知らなかった」では済まない状況になっている。

テレビ各局は謝罪動画と公式コメントを報じたが、「知らなかった」というジャニーズ事務所と全く同じスタンスを取ってきた。

週刊文春に対する名誉棄損の裁判で喜多川氏とジャニーズ事務所が負けたのは2003年、それからすでに20年も経っている。この間にも被害が生まれていたのなら、その責任はまともに報じてこなかった各種メディアにもある。

現在、ジャニーズ事務所の所属タレントを広告で採用している企業や、出演番組にスポンサーとしてCMを流している企業もこの騒動に巻き込まれている。大手広告代理店の博報堂もジャニーズ事務所への忖度により一部で話題となっていた。

テレビ各局に加え、ジャニーズタレントを採用した広告主および番組スポンサーとしての企業、そして広告代理店と、芸能界を構成する主だった大企業すべてがジャニーズ事務所の「知らなかった」と同じスタンスをとってきた。

喜多川氏による性加害疑惑が事実であれば、そして性加害の見返りにデビューやメディア露出に口封じまで行っていたとすれば、全ての会社が加担していたと言っても過言ではない。そんなことは知らないと弁明するのであれば、ジャニーズ事務所の知らなかった発言と同様に批判を受けることになる。

ジャニーズ事務所の櫻井翔さんが出演するニュース番組では、謝罪動画を報じる際に櫻井さんが画面から一時的に消えるなど、すでに説明のしようがない矛盾も発生している。

前回の記事「ジャニー喜多川氏の性加害疑惑を、企業不祥事の視点から考える」では主にジャニーズ事務所の問題を取り上げた。今回はテレビ各局とジャニーズ事務所を取り巻く各企業の問題を、ビジネス系のウェブメディア編集長としてコンプライアンスとガバナンスの観点から、そしてメディアビジネスの観点から分析したい。

ジャニーズ事務所 Wikipediaより

ジャニーズ事務所に頼り切ったテレビ各局。

15日の謝罪動画と公式コメントをテレビ各局は一通り報じたが、まだ深掘りした報道は行われていない。

筆者の見方は公式コメントが出るまでまともに報じていなかったこと自体が過剰な忖度である、過去の所属タレントによる事件報道やSMAP解散騒動の対応は状況証拠として忖度の存在を表している、と前回の記事で指摘した通りだ。

このような忖度が喜多川氏による性加害を招き、拡大し、長年にわたって発覚を抑えていた可能性があることも指摘した。カウアン氏は会見で過去の疑惑が大きく報じられていれば入所していなかったと語った。

取引先に対する忖度、思い切り噛み砕いて言えば「気遣い」はどんな業種、どんな企業でも多かれ少なかれある。それ自体は否定しない。ただ、ジャニーズ事務所への忖度が問題となっている理由は、テレビ各局が歌やバラエティ、ドラマ等のコンテンツを流す企業であると同時に、報道機関でもあるからだ。

テレビ各局はエンタメの部分でジャニーズ事務所に頼り切った結果、報道で扱うことが出来なくなっていた。テレビ各局はジャニーズ事務所の供給するタレントに頼り、喜多川氏はそれを利用してテレビ出演に対するキャスティングのパワーを性加害に利用していた可能性がある。状況証拠から見る限り、このような構図があった可能性は極めて高い。

更に深刻な問題は、このような極めてハイリスクな状況にテレビ各局が無自覚でいたことだ。それが櫻井さんの出演した番組に如実に表れている。

当事者になりうる人を報道番組に出演させるテレビ各局。

景子氏の謝罪動画を報じる際、日本テレビのnews zeroでは一時的に櫻井さんが画面から消えた。メインキャスターでフリーアナウンサーの有働由美子氏は「この件については、番組で話し合って私が話します」と前置きをしてコメントをした。

キャスターの事務所トラブルが番組で流される……そんな異常事態について、番組で取り上げたことを評価する人もいる一方、なぜ画面から消えたのか、なぜ櫻井さんにコメントさせないのか、と賛否両論が巻き起こっている。

個人的には画面から消えるのはやり過ぎと思う一方で、ジャニーズ事務所に所属する櫻井さんがコメントを避けたのは、報道の客観性や中立性の観点で見れば当然ということになる。

より大きな問題は画面から消えたことよりも、そもそも論として「報道の当事者になり得る人を報道番組出演させること」の是非だ。

厳密に言えば誰でも報道の当事者になり得るが、だからこそテレビ局の社員、アナウンサー、フリーのキャスターなど、報道番組の出演者は狭い範囲に限定する必要がある。多数の企業と取引があるタレントを報道番組に出演させてしまえば、今回のように当事者、あるいは当事者に極めて近い人のトラブルをニュースで扱う状況になりかねない。これを「利害関係者」と言う。

所属事務所が報道対象になることは相当珍しい異常事態だが、例えば櫻井さんが広告で出演する企業で不祥事が起きたらどう扱うのか? あるいは他のジャニーズ事務所のタレントが広告に出演する企業ならどうするのか? 多数の人気アイドルを抱える事務所のタレントを出演させてしまえば、つまり多数の企業と利害関係のある人を報道番組に出演させれば、news zeroで起きたようなことが日常的に起こり得る。

今回は視聴者に見える形で行われたが、見えない所で何かしらのやり取りが行われていたらどうなるか。

このニュースは出演者の**さんが関わる企業の話だからマネージャーに確認しないといけない……
そんな事をやってたら放送に間に合わないから扱わなくていい……

こんなことはやっていないと思いたいが、本来はそんな疑念を視聴者に抱かせる時点で報道機関として大問題だ。このような事態を制作者や経営陣が想定していなかったとすれば、あまりに判断が甘い。

お天気お姉さんもCMには出られない。

この話を長々と説明する理由は、冒頭で書いた通り、各局のジャニーズ事務所に対する過剰で異常な忖度、言葉を選ばなければ癒着と取られかねない状況、報道番組でもニュースとして扱えない状況が性加害につながった可能性があるからだ。

現在はお笑い芸人や俳優が情報番組に出演すること、場合によってはメイン司会者になることも珍しくない。ひと昔前には「ニュースや情報番組にタレントを使うなんて」といった批判や問題提起もあったが、各局とも経営陣も現場も感覚がマヒしているとしか思えない。

ジャーナリストの財部誠一氏は、自身が過去に出演していた報道番組について、ある時お天気お姉さんが番組を卒業した、その後にテレビCMでその女性を見かけた、つまり昔は企業の広告に出るには報道番組を降りる必要があった、お天気お姉さんですら報道番組に出るということはそれくらい制限が掛かるのが当たり前だった、それが今ではタレントが司会者をやっているのだからビックリだ……そんな発言をしている。

まさにnews zeroで起きたような状況、出演者の取引先に問題が発生して、報道の当事者になることを避けるために強い制限をかけていたわけだ。

報道の中立性・客観性を守るには当事者やそれに近しい人は黙るしかない。櫻井さんはニュース番組の出演により多数のメリットを得ていたかもしれないが、今回の一件で大きなダメージを負ってしまった。当然、その責任は本人ではなく局と事務所にある。しかもこれは予見できたリスクだ。

筆者が見る限り、こういったリスクを現在も多数放置しているテレビ各局は報道機関としてガバナンスが崩壊しているとしか思えない。

後編に続く)

中嶋 よしふみ  FP シェアーズカフェ・オンライン編集長
保険を売らず有料相談を提供するFP。共働きの夫婦向けに住宅を中心として保険・投資・家計・年金までトータルでプライベートレッスンを提供中。「損得よりリスクと資金繰り」がモットー。東洋経済・プレジデント・ITmediaビジネスオンライン・日経DUAL等多数のメディアで連載、執筆。新聞/雑誌/テレビ/ラジオ等に出演、取材協力多数。士業・専門家が集うウェブメディア、シェアーズカフェ・オンラインの編集長、ビジネスライティング勉強会の講師を務める。著書に「住宅ローンのしあわせな借り方、返し方(日経BP)」
公式サイト https://sharescafe.com
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編集部より:この記事は「シェアーズカフェ・オンライン」2023年5月17日のエントリーより転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はシェアーズカフェ・オンラインをご覧ください。