今日(5月24日)の衆議院予算委員会で岸田総理と質疑をさせていただいたところですが、今回の広島G7サミット声明の記述の中の、「我々はデカップリングまたは内向き志向にはならない(We are not decoupling or turning inwards)」という文言、この点、中国に対して誤ったメッセージとならないような発信が今後極めて重要になります。
1938年のミュンヘン会談、当時の英仏独伊の首脳が出席したこの会談で採択されたミュンヘン協定は、融和外交の失敗例の代表的なものとされ、英仏の弱腰をヒトラーに見透かされその後のナチスドイツの増長を招き、第二次世界大戦を引き起こす大きなきっかけとなったと言われています。
独裁色を強め軍拡を続け、台湾への野心を隠さない習近平国家主席体制の中国への対応をどう打ち出せるかが大きく問われた今回の広島サミットは、対中国という意味では、ミュンヘン会談と非常に似たタイミングで行われた会議と言っても過言ではありません。
このデカップリング(decoupling)というフレーズは、トランプ政権以降、アメリカや日本において戦略的に重要な物資を中心に、中国をサプライチェーンから切り離し、中国への経済的依存を下げることで、自国経済の脆弱性を少しでも低減させようという流れがあり、その動きを表して専門家やメディアの間で使われてきた表現です。
これに対して、4月の中仏首脳会談が象徴的ですが、中国が自国への圧力を減らすために、米欧の分断を図ろうと対抗する動きが昨年あたりから顕著になってきています。
日本やアメリカほど中国を安全保障上の脅威と感じておらず、依然として中国はビジネス的に大きなマーケットとして重要という意識が強いフランスやドイツ、イタリア、スペインなどの欧州大陸諸国及びEUがそのターゲットとなっており、欧州諸国やEUの首脳が自国の経済ミッションを率いて訪中する中で、デカップリング(=切り離し)は現実的でないのでしない、デリスキング(de-risking:=リスクを下げる)でやるんだという発言を習近平氏との会談で発言するという流れが昨年後半から続いています。
中国側の様々な動きを分析すると、中国が、戦略的にこうした脱デカップリングの流れを作ろうとしているとの意図が見え隠れしているのも事実です。
加えて、アメリカにおいても経済界にはデカップリングに反対の意向が一部にあるので、欧州諸国の動きを見ながらアメリカも民主党政権のハト派と言われるイエレン財務長官やサリバン補佐官が最近になってこの流れに乗る中での今回のG7サミットでした。
確かに、言葉の定義がデカップリングもリスキングも明確でない中で使われているので、異なるとも事実上大きく違わないとも言えます。
しかし、一つ言えることは、中国が今仕掛けているのは、世界が経済制裁によるロシア抜きの世界経済で電力の高騰や様々な痛みを負うことになったことにつけ込んで、自らの経済規模や市場の魅力を使って自由主義諸国の経済界を人質にして、対中圧力を骨抜きにしようという策略だということです。
本来、サプライチェーンの脱中国を進め、有事の際の経済制裁により自国の産業が被る被害を事前に最小限にしておき脆弱性を下げる取り組みこそが、今我々が進めるべき政策のはずです。その意味での中国デカップリング(切り離し)は、各主要国において特定産業だけでなく広範に行われていなければなりません。でなければ抑止の手段としての経済制裁の行使可能性が低くなり、中国の軍事行動等への抑止効果は弱まってしまいます。
すなわち、「今の世界経済の対中依存を考えれば中国のデカップリングが現実的でない」という論理で、こうした自由主義国の対策が進まなければ、実際に経済制裁を打たねばならない緊迫した事態となったときに、その国の政治リーダーが経済的損失を考えて制裁の発動を躊躇することになりかねません。まさにそれこそが今の中国の戦略の根幹と考えられます。
今の欧州大陸諸国や米国の一部のように、デカップリングが世界経済の現状からみて難しいので、特定分野のみのデリスキングだという論理で、この数年間の流れを止めてしまうのであれば、それはまさに中国共産党指導部の思うつぼです。
「中国抜きの世界経済などできるはずがないから対中経済制裁の可能性は低い」と中国がタカをくくってしまえば、中国による台湾有事を起こさせないための経済制裁というカードが実質的に使えなくなってしまう。もしそうなれば、逆に台湾有事のリスクを高めることになりかねません。
台湾有事のリスクを少しでも減らすために重要なことは、その判断を下す唯一の決定者である習近平中国国家主席の「計算ミス(リスクの過小評価)」と彼との「ミスコミュニケーション」を我々同志国が全力で回避することに他なりません。その観点で、「デカップリングには向かわない」ということを敢えて明確にした今回のG7声明のメッセージは危うい要素を含んでいると言わざるを得ません。
G7や国際社会が中国の経済的影響力の前に対中国で弱腰になったととられないように、日米あるいは英加豪など同志国の政策の変更を意味するものではないことをそれぞれが明確にしていくこと。そして引き続き欧州大陸の諸国に対中国で同じ舟に乗ってもらえるような働きかけをすること。中国指導部の計算ミスとミスコミュニケーションを防ぐためにも、こうした点を引き続き日本政府や同志国の政府に求めてまいりたいと思います。
編集部より:この記事は、衆議院議員の鈴木馨祐氏(神奈川7区、自由民主党)のブログ2023年5月25日の投稿を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は「政治家 鈴木けいすけの国政日々雑感」をご覧ください。