中国の和平案は「ウクライナ領土分割」

長谷川 良

「平和」、「寛容」、「連帯」など一連の言葉は別に政治用語とはいえないが、政治分野で利用される時、その意味する内容を変え、イデオロギー色を帯びてくるケースが多い。中国共産党政権が「和平」という言葉を使用した場合はそうだ。「和平」という言葉は響きはいいが、実は中国共産党政権の思想と合致している内容を「和平」という言葉でカムフラージェしているだけのことが多い。その典型的な例はウクライナ戦争で中国共産党政権が作成した12項目からなる「ウクライナ和平案」だ(「中国発『ウクライナ和平案』12項目」2023年2月25日参考)。

ラブロフ外相と会談する中国の李輝特別代表=左から3番目(2023年5月26日、ロシア外務省公式サイトから)

欧米メディアの中には、中国が公平な和平調停役を演じると期待する論調も一部みられるが、大多数は中国共産党政権の言動には懐疑的だ。それなりの理由はある。

習近平国家主席は3月20日、3日間の日程でロシアを訪問し、プーチン大統領と会見したが、同主席はプーチン氏に、「国家の主権を尊重:一般に認められている国際法と国連憲章は厳密に遵守されなければならない」(中国版和平案第1項目)と明記した「ウクライナ和平案」には言及せず、「包括的な戦略的パートナーシップと協力」を2030年まで拡大するため、2つの主要な協定に署名しただけだ。ロシアがウクライナに侵攻して以来、中国はロシアとの経済・外交関係を強化するだけで、ロシアのウクライナ侵略を公に非難したことはないのだ。

ちなみに、プーチン氏にとっては「(ウクライナの)主権を尊重せよ」といわれても平気かもしれない。同氏のナラティブ(物語)では、ウクライナは存在せず、ロシア領土だから、主権蹂躙には当たらないからだ。中国側もプーチン氏を研究しているから、「和平案第1項目」を読んでもプーチン氏が気を悪くすることはない、と判断していたのかもしれない。

中国政府は5月に入り、李輝ユーラシア事務特別代表を欧州、ウクライナ、そしてモスクワに派遣し、和平交渉への本気度を国外に示したが、その結果、残案ながら和平の調停役を担う資格がないことを改めて明らかになった。

ロシアのラブロフ氏は26日、李輝特別代表と会談し、「ウクライナとの和平交渉には障害がある。わが国は外交による紛争解決に努力しているが、ウクライナ政府とそれを支援する西側諸国が紛争解決を願っていない」と主張し、いつものように責任はウクライナと米国を含む西側諸国にあると強調した。

一方、李輝氏は欧州に対し、ウクライナ東部の占領地域をロシアに「譲渡」し、即時停戦を促すよう求めたという。ウクライナ戦争はプーチン大統領が昨年2月24日、ロシア軍を侵攻させたことから始まったという事実を完全に無視し、ウクライナにロシアの占領領土を容認せよと求めているのだ。本末転倒だ。駐モスクワ中国大使を務めたことがある李輝特別代表が提示した和平案はロシア軍の侵略を容認する内容だ。ロシア外務省の情報によると、「ロシアと中国両国は地域と世界の平和と安定を維持するために今後とも外交政策協力をさらに強化する意向で一致した」というのだ。

なお、ロシア安全保障会議のドミトリー・メドベージェフ副議長は、ウクライナ西部地域を欧州連合(EU)加盟国に、東部地域をロシアに譲渡し、中央地域の住民はロシアへの加盟を投票で決めるといった和平案をテレグラムに掲載している。ウクライナの領土分断案だ。ロシア軍が占領しているウクライナ東部・南部の領土をロシア側として認めよ、という暴論だ。

李輝特別代表はモスクワ訪問前に、ウクライナ、ベルリンを訪問したが、ウクライナのクレバ外相は李輝特別代表に「ウクライナの領土一体性の重要性」を要求し、ドイツ政府からは「ウクライナからロシア軍を撤退させるようモスクワに圧力をかけるように」と求められている。

ウクライナのポドリャク大統領府顧問は、領土分割の和平案について、「ウクライナ全土の解放を想定しない妥協のシナリオ」だと指摘。「民主主義の敗北、ロシアの勝利、プーチン政権の存続、国際政治での衝突急増を容認するのに等しい」と批判している。

ゼレンスキー大統領は、「ロシア軍が占領した領土を奪い返すまでロシアとは停戦交渉に応じない。また、(戦争犯罪の張本人の)プーチン大統領とは如何なる交渉にも応じる考えはない」とはっきり述べている。

ウクライナ側の「主権領土の堅持」とロシア側の「領土分割案」では和平交渉が成立することは難しい。ラブロフ外相は中国の和平への努力について、「ウクライナ危機に対する中国のバランスの取れた姿勢と、解決に積極的な役割を果たす意欲に対して感謝している」と述べたが、中国の調停を「バランスの取れた姿勢」と評価するのはロシアだけで、中国作成「ウクライナ和平12項目」はバランスの欠けたロシア支持の妥協案に過ぎないことを李輝特別代表は改めて明らかにしたわけだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年5月28日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。