エネルギー転換に関するダニエル・ヤーギンの問題提起

気候・エネルギー問題はG7広島サミット共同声明の5分の1のスペースを占めており、サミットの重点課題の一つであったことが明らかである。ウクライナ戦争によってエネルギー安全保障が各国のトッププライオリティとなり、温暖化問題への取り組みが遅れることに対するG7の焦燥感の表われでもあろう。

前回の投稿「G7気候・エネルギー・環境大臣会合について」において書いたように、日本はエネルギー分野については石炭フェーズアウトの年限設定の見送り、天然ガス投資の重要性の強調等、ぎりぎりのラインで現実的なメッセージを盛り込んだ。しかしそもそも大前提である1.5℃、2050年カーボンニュートラルという目標が非現実的であるという問題はいかんともしがたい。

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温暖化防止のために不可欠とされるエネルギー転換については、G7のコミュニケよりもダニエル・ヤーギンが本年1月に投稿した“The Energy Transition Confronts Reality”(2023年1月23日)の方がはるかに胸にストンとおちる。その概要は以下の通りである。

  • 炭化水素から再生可能エネルギーおよび電化への「エネルギー移行」は、今日の政策議論の最前線にある。しかし多くのシナリオに表示されるグラフを研究すれば、この取り組みが思った以上に難しく、複雑であるこは明らかである。物事を進めるために大規模なイニシアチブ(インフレ抑制法を導入した米国やRePowerEUをかかげる欧州でさえ、エネルギー転換を左右する新技術の開発、導入、規模拡大には時間がかかる。
  • 自分の著書「新しい世界の資源地図」で示したように、産業革命以降のエネルギー転換は技術と経済性によって推進されてきた。今日のエネルギー転換は公共政策によって推進されている。これまでのエネルギー転換は1世紀以上にわたって展開され、しかも既存の技術が完全に置き換えられることはなかった。1960年代には石油が石炭を凌駕し、世界最大のエネルギー源となったが、現在でも我々は当時の3倍の石炭を使用しており、2022年には世界の消費量が過去最高を記録している。これに対して今日のエネルギー転換は四半世紀程度でこれまでのエネルギーシステムを完全に置き換えることを想定している。想定されている規模を考えると、政策立案の過程でマクロ経済分析が十分に考慮されていないのではないかと懸念する人もいる。ピーターソン国際経済研究所の2021年の論文の中で、フランスの経済学者ジャン・ピザーニ・フェリー氏は、ネットゼロ排出への移行が早すぎると「1970年代のショックとよく似た逆供給ショック」を引き起こす可能性があると指摘している。同氏は、急激な移行が「良性となる可能性は低く、政策立案者は厳しい選択を覚悟すべきだ」と警告している。
  • 2021 年の夏以降のエネルギー市場の需給ひっ迫はエネルギー転換に関する4つの大きな課題を示している。
  • 第一に、主にロシアのウクライナ戦争によって引き起こされた混乱により、エネルギー安全保障が再び最優先事項となっていることだ。電気をつけ、工場を稼働し続けるには炭化水素が必要だ。そのため、エネルギー安全保障とは、適切かつ合理的な価格の供給を確保し、地政学的リスクや経済的困難から断熱することを意味する。気候変動を中心課題と位置づけつつもバイデン政権は国内企業に石油生産を増やすよう促し、これまでのどの政権よりもはるかに大規模な戦略石油備蓄からの供給を放出した。ドイツでは、連立与党の緑の党がLNG輸入能力の開発を主導している。エネルギー安全保障は、今後数年間で閑却できるものではない。
  • 第二の課題は求められる規模が莫大であることだ。今日の100 兆ドル規模の世界経済は、エネルギーの80%以上を炭化水素に依存しており、大規模かつ複雑な世界のエネルギーシステムほど簡単に変革できない。著名なエネルギー学者ヴァーツラフ・スミルは、重要な新著『How The World Really Works』の中で、4つの重要な「現代文明の柱」はセメント、鉄鋼、プラスチック、アンモニア(肥料用)であり、それぞれが既存のエネルギーシステムに大きく依存していると述べている。スミルは、スペインで栽培された1個のトマト(必要な肥料を含む)をロンドンの食卓に届けるためには大さじ5杯の石油が必要であると指摘している。確かにエネルギー効率は改善される可能性がある。しかし世界のエネルギーシステムに決定的な影響を与えるのは全人口の80%が住んでおり、所得の増加により今後、エネルギー需要が高まる発展途上国である。
  • このことは第三の課題である新たな南北分断に直結する。グローバル・ノース気候変動が政策課題の最上位にあるが、グローバル・サウスでは、経済成長の促進、貧困の削減、木材や廃棄物の燃焼による屋内大気汚染を減らすことで健康を増進することなど、他の重要な優先事項がある。発展途上国の多くの人にとって、「エネルギー転換」とは、木材や廃棄物から液化石油ガスへの移行を意味する。昨年、欧州議会がウガンダからタンザニアを通ってインド洋に至る石油パイプライン計画が気候、環境、そして「人権」に悪影響を与えるとの理由で非難決議を採択した。欧州議会の位置するフランスとベルギーでは一人当たりGDPがウガンダの50倍、60倍である。ウガンダ、タンザニアにとってパイプラインは経済発展の基盤とみなされており、欧州議会の決議は激しい反発を引き起こした。ウガンダ議会の副議長は、「ウガンダとタンザニアの主権に対する新たな植民地主義、帝国主義だ」と非難している。
  • 第四の課題はエネルギー転換に必要な物質的要件に関するものだ。これは「Big Oil」から「Big Shovel」への転換ともいうべきものだ。電化が進む世界では石油とガスの掘削から、鉱物の採掘需要が大幅に増大する。S&Pの調査では、世界の2050年の気候変動目標をサポートするには「電化に必要な金属」の供給量を2倍にする必要があると計算している。米国、日本、EU、IMF、IEA等の多くの当局が、リチウム、コバルトなどの鉱物需要の急激な増加が予想されるとの報告書を発表している。大規模な新規鉱山を開発するには16~25年かかると推定されており、そのための許可要件はますます複雑化している。一部の主要資源国の政府は鉱業に対して敵対的ですらある。
  • エネルギー転換の方向性は明らかであるが、政策立案者と国民はそれに伴う複雑な問題をより深く現実的に理解することが不可欠だ。

いずれも極めて現実的かつ傾聴に値する問題提起である。ヤーギンは注意深く明言を避けているが、言わんとしていることは1.5℃、2050年カーボンニュートラル先にありきの議論は破綻しているということだ。

ウクライナ戦争によって世界の分断が進み、中国、ロシアが欧米が構築してきた国際秩序にあからさまに挑戦している中で、G7が1.5℃、2050年カーボンニュートラルに固執し続けることは問題解決を促進するどころか、かえってサステナブルな世界を目指すはずの脱炭素化議論を政治的、経済的にサステナブルでないものにしてしまうのではないか。