パナソニック・量販店・消費者「三方悪し」の指定価格

「こちらの商品は『指定価格』対象となります」

こんなPOPがついたパナソニック製品を、家電量販店で見かけるようになった。

指定価格とは、販売価格をパナソニック(パナソニック株式会社)が決めた価格に統一し、値下げを禁じる制度だ。製品が売れ残ったら、パナソニックが引き取る。滅失(めっしつ)・毀損(きそん)等の損害も負担する。瑕疵担保(かしたんぽ)責任も負う(※)。

パナソニックの目的は、値下げを防ぐとともに、製品ライフサイクルを長期化し、消費者ニーズに沿った製品開発を行うことだ。

家電は、販売開始から終了までの間に2割程度価格が下がる。メーカーは、下がった価格を引き上げるため、頻繁に新製品を開発・発売してきた。しかし、これが、製品ライフサイクルの短期化と、機能過剰な製品開発を招いていた。指定価格はこれを改めるためのものだ。

指定価格導入により、小売は在庫リスクから脱却できる。消費者はどこでも適正価格で購入できる。そして、メーカーは適正な利益確保ができる「三方良し」になる、とパナソニックはいう。

本当にそうだろうか? まず、パナソニックの利益状況からみてみよう。

メーカーの利益率は悪化傾向

パナソニックが指定価格制度を導入してから3年。指定価格の対象製品の売上は、家電販売額の20%に達しており、「100億円規模の改善効果があった」という報道もある。

だが、日経の取材で「最近の成果」を問われたパナソニックの宮地晋治執行役員は、

回答を控える。

(パナソニック、家電2割で価格指定 取引見直し1年で倍増|日本経済新聞

と、言葉を濁した。無理もない。数値上、目立った成果がないからだ。

制度導入以降のパナソニック家電(くらし事業セグメント)の営業利益率は、以下のように推移している。

2021年3月期:4.70%
2022年3月期:3.11%
2023年3月期:2.95%

少しずつだが、悪化しているのがわかる。今のところ「メーカー良し」とはなっていないようだ。今後、パナソニックは、指定価格対象製品の比率を、家電販売額の30%まで増やすとしている。

パナソニック プレスリリースより

新たな競合の出現

では、小売はどうか。

「値決めは経営」。京セラの稲盛和夫氏の言葉だ。氏は、顧客が納得し、喜んで買ってくれる最大限の価格を設定しなければいけない、という。

その「値決め」の権限を手放し、指定価格に賛同したのが、家電量販店大手 ヤマダ電機(株式会社 ヤマダホールディングス)だ。パナソニックの指定価格で売るかわりに、売れ残りの返品が可能となる。低リスク低リターン。実質「委託販売」だ。

ヤマダホールディングス プレスリリースより

今後は「安さ」ではなく、パナソニックとの良好な関係による商品調達、すなわち「品揃え」と、「接客力」を強みにするという。

家電量販店が「安さ」を捨て、定価販売するとどうなるか。 これまで、価格面で不利だった「街のでんきやさん」と競合するのである。

「街のでんきやさん」とは

「街のでんきやさん」は、パナソニック系列店の別称だ。その名の通り、商店街などにある小・中規模の電気店をいう。小規模と言えども侮れない。店舗数は全国に15,000。販売額は、パナソニック国内家電の2割弱を占める。

家電量販店の強みである、安さ・品揃え・接客力が発揮されるのは「売る前」だ。対して、街のでんきやさんは「売った後」が滅法強い。

オーブンレンジ配達時に、機器を使って一緒に料理を作る「出張お料理教室」。70代80代の女性向けの「ビューティー家電エステ教室」。地元特有の台風・塩害・ヤモリ侵入対策を施すエアコン設置。留守中でも、カギを預かって機器を設置したり、急用で帰れなくなった顧客のペットに餌をあげたりすることまであるという。顧客が、何を望み、何で困ってるかを知っている。究極の「ワントゥワンマーケティング」を実践していると言っても良い。

中には粗利率(売上総利益率)が40%を超える店もある。東京町田市の「ライフテクト ヤマグチ」だ。

20数年前から、家電量販店が進出してきたのをきっかけに「しっかり値付けして相応のサービスを提供する」という方針を定めた。粗利率は、2022年9月期も44%を超える。

経営者の山口勉氏は言う。

安い店を回り、少しでも安く買って満足するような人はうちには来ないし、うちもそういう人は相手にしません。

家電「高売り」のヤマグチ、コロナ下でも粗利率44%超:日経ビジネス電子版

これまで、家電量販店の「安値」攻勢に、さまざまな工夫で生き延びてきた「街のでんきやさん」。この強力なライバルに、家電量販店は「品揃え」と「接客力」だけで対抗しなければならない。とても「小売良し」とはいえないのではないだろうか。

ヤマダホールディングス プレスリリースより

メリットのない消費者

では消費者はどうか。

指定価格は、どこで買っても価格が同じ。値引き交渉もなし。実質「定価」の復活だ。パナソニックのいう「適正な価格」――おそらく高値――で固定されるため、価格面のメリットはない。

「消費者良し」となるかは、パナソニックの商品開発次第だ。

消費者が求めるもの

しばらく前の初夏のこと。家電量販店で購入したエアコンの取付工事の段階で、

「お宅には、取り付けられないよ」

と言われ、返品する羽目に。部屋の作りが特殊だからだという。他の量販店でも断られ続け、最終的に対応してくれたのは商店街の電気屋さんだった。

店主に勧められたのは、量販店で買ったのと同じ機種。だが、説明の丁寧さが全然違う。なぜ販売スタッフが設置工事まで行うのか。なぜ他店より時間をかけるのか。工事次第でエアコンの耐用年数が大きく変わる、という説明に納得する。当日は、店主含む3人の店員さんが、数時間かけて作業してくれた。10年以上経つが、故障・トラブルは一度もない。今年の夏も安心して使うことができる。

消費者が求めるのは、こういった安心感ではないか。故障しない。長く使える。安全である。安心すれば、価格にも納得できる。作るだけではなく、売るだけでもなく、売った後のことも、ぜひ考えてほしいと思う。

パナソニック プレスリリースより

【注釈】

滅失(めっしつ):なくなること。使い物にならなくなること。
毀損(きそん):こわれること。
瑕疵担保(かしたんぽ)責任:傷物(欠陥品) を売ったり作ったりしたときに負う責任のこと
パナソニック株式会社 中長期戦略 2022年6月2日

【参考】
「えげつない」ヤマダが変身、パナソニックの家電戦略をのんだワケ:日経ビジネス電子版
パナソニック、家電の価格を販売店に指定…売れ残りの返品を受け入れる代わり:地域ニュース : 読売新聞
パナソニック、家電2割で価格指定 取引見直し1年で倍増:日本経済新聞
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