テレビ朝日は報道内容をジャニーズ事務所へ漏洩:ジャニー喜多川氏の性加害疑惑(中嶋 よしふみ)

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5月30日、テレビ朝日の定例会見が行われた。当然のように先日から大きな問題となっているサンデーLIVE!!キャスター、東山紀之さんによる性加害疑惑への言及を後輩に「待って貰った」発言が取り沙汰された。筆者が「この発言は報道介入ではないか?」と前回の記事で指摘したことが「待って貰った」発言の文字通り発火点だ。

会見でテレビ朝日の社長が自ら語った内容は、介入を否定する一方でジャニーズ事務所に「われわれから相談している」という衝撃的な内容だ。放送前に報道の内容を外部と相談している、つまり事務所の介入に加えて情報漏洩まで行っている。しかもその相手は報道の当事者、今回の性加害疑惑の当事者であるジャニーズ事務所だ。

日本テレビ・news zeroでノーコメントだった櫻井翔さんは多数の批判を浴びたが、ジャニーズ事務所の意図による沈黙なら明白な報道介入であり報道倫理違反となりかねない。筆者の介入疑惑の指摘に対して日本テレビは定例会見で社長自ら否定、テレビ朝日・ジャニーズ事務所も介入を否定した※。

※【参照】東山紀之〝発言を待ってもらう〟は報道への介入か ジャニーズとテレ朝、日テレは否定

介入をされていない・していない、それでは「待って貰った」発言は一体何だったのか。多数のメディアがこの問題を報じたが核心に至る情報は無いまま、30日にテレビ朝日の定例会見が行われた。

そこで出てきたのが冒頭にある「(ジャニーズ事務所に)われわれから相談をしている」という、耳を疑うような社長の発言だ。この発言を報じたニュースはYahoo!トピックスで「東山紀之の発言 テレ朝から相談」という見出しでトップニュースとして扱われた※。この発言は日本最大のニュースサイトがトップニュースとして報じるほど衝撃的な内容であることを示している。

テレ朝、ジャニーズ性加害問題に見解 東山紀之の発言は「承知していた」 タレント起用に変更はなし

筆者は自社で立ち上げたウェブメディアを編集長として創刊から10年運営し、経済メディアでの執筆と執筆指導も10年間継続、広報向けのセミナーも行っている。そんな「メディア運営のプロ」「メディア経営のプロ」の立場から、メディアビジネスと報道の視点でテレビ朝日の問題点を考えてみたい。

テレビ朝日・ジャニーズ事務所 Wikipediaより

テレビ朝日の社長、一番の問題発言は「相談している」。介入疑惑に関する社長のコメントは以下の三つだ。

  1. 東山さんが「発言すること」を番組側は知っていた。キャスターでジャニーズ事務所所属なのでこの件に発言することは自然である。
  2. 「発言の内容」は基本的に東山さんの考えで、打ち合わせをした上での発言である。
  3. 事務所による報道介入疑惑について「基本的にはあうんの呼吸だが、発言をするかしないかは、われわれから相談をしている」。

1.2とも様々に問題はあるが、一般論としてキャスターが事前にコメントをする・しないやコメント内容を番組側と打ち合わせすることはなんら問題ない。数百万人の視聴者を相手にする以上、正確性が求められることはもちろん、トンチンカンな発言をしては本人と番組の信用に関わる。

しかし三つ目の発言は以下の通りとんでもない内容となっている。

事務所による編集権への介入を疑う声については「編集権、編成権はわれわれにある。基本的にはあうんの呼吸だが、発言をするかしないかは、われわれから相談をしている」と話した。

※【引用】テレビ朝日 東山紀之の「後輩たちに待ってもらった」発言「打ち合わせの上」ジャニーズ性加害問題「対応策の実行注視」

編集権と聞いてピンと来ない人は多いかもしれないが、何をどのように伝えるか、メディアが自ら判断・決定する権利を指す(編成権もほぼ同じ意味)。これを他者に譲り渡すことは決して許されない。報道の独立性とも言われる。

この話の例としてよく挙げられるTBSのオウム事件は、編集権・独立性をオウム真理教に譲り渡したとして大問題になった。

TBSのオウム事件は、番組スタッフがオウム真理教に批判的な弁護士を取材した映像を放送前にオウム側に見せてしまい、それがオウムによる弁護士殺害につながったことで表沙汰となった。日本のテレビ史上・報道史上に残る大事件だが、これは弁護士が殺害されたことが大問題というわけではない。

そもそも放送前の映像を外部に漏らしたこと、しかもトラブルの当事者であるオウム真理教に漏らすという編集権を自ら放棄・侵害する報道機関として自殺行為であること、それが結果的に殺害につながったことから歴史に残る大事件となったわけだ。

筆者は「待って貰った」発言について書いた記事でこれはTBSのオウム事件と同じだと指摘した。なぜなら放送前日に、東山さんがコメント予定であることをジャニーズ事務所が代理店に一斉メールを送信した、つまりジャニーズ事務所が事前に放送内容を知っていることが報じられたからだ※。

※【参照】【独占入手】ジャニー喜多川氏の性加害 現役タレントで口火を切るのは東山紀之!『サンデーLIVE!!』で言及か、事務所が代理店に送っていた“予告”文面

事前情報と東山さんの「待って貰った」発言を合わせて考えると、放送前に番組と事務所が話し合いをしているとしか思えない内容だった。テレビ朝日は介入疑惑について取材では否定したが、社長会見では編集権は我々にあると言いながら、明確に「われわれから相談をしている」と発言した。介入どころか自ら相談をしていた。ジャニーズ事務所が放送内容を知っているのも当然だ。

情報番組は「報道番組」である。

バラエティ番組であれば事務所と詳細に打ち合わせや調整をしたところで何の問題もない。しかしそれはあくまでバラエティや歌やドラマなど報道ではない部分、エンタメ番組での話だ。

サンデーLIVE!!のような情報番組は報道とバラエティどっちなのか?そんな疑問はよく目にするが、これはテレビ局が明確にカテゴリ分けをしている。

報道・教育・教養・娯楽・その他(通信販売・その他)、この6つが主な分類だ。

テレビ朝日ならば報道ステーションは報道、サンデーLIVE!!は報道・教育・教養と三つのカテゴリにまたがる※。情報番組は概ねこのような分類のされ方だ。日本テレビのnews zeroも報道・教育・教養と、情報番組と同じ立ち位置だ※※。

※参照・テレビ朝日 放送番組基準、及び放送番組の種別より。 ※※参照・日本テレビ 放送番組の種別より

この分類から分かるように、情報番組でも報道の部分はあくまでニュースと同じ基準で情報を扱う必要がある。

  • なぜ出演者の所属事務所に放送内容について相談をする必要があるのか。
  • 一体何を相談しているのか。
  • 報道の部分まで相談しているのか。
  • 喜多川氏の性加害疑惑は間違いなく報道のカテゴリだが、その部分まで相談しているのなら報道への介入ではないのか。
  • ジャニーズ事務所とあうんの呼吸とは一体どういう意味なのか。
  • 報道の独立性はこれでも担保されていると言えるのか。

定例会見の内容では明らかに説明が足りない。「相談」の意味するところが介入でも事前の漏洩でもないのであれば、テレビ朝日は説明する義務がある。

報道機関の「ファイアーウォール」。

報道機関は広告と報道、二つの顔を持っている。テレビ各局はこの二つに加えてバラエティ・歌・ドラマなどエンターテイメントを扱う側面もある。

テレビ各局のジャニーズ忖度と批判される状況はエンタメの部分でジャニーズ事務所に頼り切っていることで生まれている。なぜこれが問題なのかは、テレビ各局は報道機関だから、今回のようにエンタメや広告が報道に影響を与えてしまうと適切な報道がなされないから、という説明になる。

エンタメの部分では関係強化が望ましい。一方で報道では厳しく追及する必要がある。

一つの会社の中で利害が異なる状況が生まれてしまい、それがトラブルや違法行為につながることを避ける仕組みをファイアーウォールと呼ぶ。直訳すると防火壁、つまり問題のある情報が他の部署に伝わらない仕組みが必要となる。

分かりやすいのが金融業界だ。具体的に名前を出して説明してみたい(あくまで例え)。

例えば「みずほ銀行」が楽天に一兆円の融資をすることが決まったとする。楽天は多額の資金調達で新規事業を行う、ということでこれは株価にプラスの情報かもしれない。あるいは赤字の穴埋めが目的で株価にマイナスの情報かもしれない。

もしこの情報が未公開の段階で、同じみずほグループの「みずほ証券」の営業マンが知っていたらどうなるか? もし顧客に「ここだけの話、楽天が多額の融資をうちのグループの銀行から受けるんです」と株の売買を勧めたらどうなるか? これはインサイダー取引と言って経営陣が逮捕されるレベルの大不祥事となる。一部の株主だけが得をする不公平な取引は厳しく制限されている。

情報の漏洩はもちろん、内部の人が利用して株を売買することも違法行為となるため、金融機関や上場企業で働く人は株の売買に制限がかかる。当然、個々の良心に任せられるはずもなく、売買の規制はもちろん情報が外部に漏れないように、内部でも関係ない人には伝わらないような仕組みを構築する必要がある。これがファイアーウォール規制と呼ばれる仕組み・ルールだ。

なぜ介入や漏洩が許されないのか。

これは報道機関も同様だ。報道の客観姓、公平性、中立性を守るために広告と編集は厳しく分けられている。この企業は新聞広告をたくさん載せているから不祥事を起こしても報じられないんだ、などと疑われたら報道機関として命取りになるからだ。

テレビ局ならばエンタメ分野の番組で人気があるタレントを多数抱えている事務所だから不祥事を起こしても報道で取り上げない、などと疑われたら報道機関として命取りになる。まさに現在批判されているジャニーズ忖度だ。これは疑惑すら命取りになることを各局の経営陣はまるで理解していない。

なお、報道介入を指摘した記事には「後輩に事件への言及を待ってもらったことの何が問題なのか良く分からない」という指摘も頂いた。

報道機関が政府やスポンサーや報道対象(今回はジャニーズ事務所)から影響を受けて、その結果ニュースが捻じ曲げられてしまえば、視聴者・読者は正しい情報を得られない。今回の事件ではジャニーズ事務所は報じられる側、つまり当事者であり、東山さんも櫻井さんも当事者と極めて近しい関係にある。

したがって報道に対して他者から何かしらの口出しをされること、それを受け入れることは報道の客観性、公平性、独立性の観点から到底許されない、という説明になる。各局が自社の責任でこのような事情を説明して、だからこの件に発言は出来ませんと説明するのが正しい対応だった。

本来はこのような状況になりかねないタレントをニュースや情報番組に出演させている各局のやり方が問題であり、少なくとも「キャスター問題」で出演者本人に責任は一切なく、むしろ番組と事務所の板挟み状態になっている被害者と言っていい。筆者は櫻井さんや東山さんを発言の有無や内容で批判するつもりはまったくない(キャスター問題については別記事で解説予定)。

テレビ朝日の社長が語る「あうんの呼吸」という異常事態。

メディアの編集権については日本新聞協会も声明を出している。

要約すると、新聞社の経営者と編集者は内部外部を問わずあらゆる者から編集権を守らないといけない、編集権を侵害するものは排除する、とある※。これは新聞でもテレビでも変わらない。報道内容を公開前に漏らす、しかも報道の当事者に漏らすことなど考えられない、ましてや報道の当事者と「相談」するなどあり得ないということだ。

※参照・日本新聞協会の編集権声明 日本新聞協会  3 編集権の確保 1948/03/16

社長が語ったジャニーズ事務所と「基本的にあうんの呼吸」とは一体なんなのか?

これまでも放送に当たって事前に相談することが当たり前の状態だったのか。会見で問われたのはテレビ局のエンタメとしての側面ではなく報道機関としての立場だ。そこであうんの呼吸という言葉が出てくる時点で「報道機関として命取り」の状況であるにもかかわらず、事の重大さを認識していない。

そもそも番組キャスターで事件の当事者と極めて近しい人物が事件について発言することを「自然」と表現する時点で異常としか言いようがない。

櫻井さん、東山さん、そして日本テレビの「シューイチ」でキャスターを務める中丸雄一さんと、三者ともキャスターとしての発言によって、あるいは発言をしなかったことによって大炎上している。日本テレビとテレビ朝日では定例会見で社長が説明を求められる事態にまで発展している。

これのどこが自然なのか。

ここまで当事者に近い人物に発言させてもよいものなのか、矛盾や問題や違和感を一切感じ無かったのなら、報道機関としてトップからガバナンスが壊れている。

ジャニーズ忖度を問題と感じつつ放置しているのではなく、違和感すらなく、社長が「自然」と表現するのであれば、喜多川氏の性加害疑惑を追及できるはずもない。

テレビ各局は異常な忖度を続ける一方、政治家と行政が動き始める。

テレビ朝日の公式サイトでは定例会見の要旨が公表されているが、サンデーLIVE!!の東山さんの発言に関する社長コメントはすべてカットされている※。要旨とはいえ最も重要な個所を載せない理由は何なのか。

※参照・篠塚浩社長 社長会見(5月30日)要旨 社長定例会見 テレビ朝日

BBCの告発番組から始まった一連の騒動を受けて、立憲民主党は児童虐待防止法の改正案を提出している(与党側は協議を拒否)。立憲によるヒヤリングには告発者の他、法務省やこども家庭庁なども出席した。立憲は社長の景子氏にもヒヤリングを要請したが断られたとも報じられている。

野党とはいえ、すでに省庁も巻き込んで国会も動き始めた。6月には各局の株主総会も開催される。株主の圧力に耐えられるか?と前回の記事では書いたが、政治と行政が動けばテレビ局の監督官庁である総務省も動くことになる。そうなっても死人に口なしの対応が今後も続けられるのか。

政治家と行政まで動き始めた段階で、各局は番組の放送もタレントの出演もこれまでと同じで、静観・注視すると明言しており、これまでの立場を1ミリたりとも変えていない。各局は放送免許を総務省から与えられなければビジネスが成り立たない規制産業の立場でありながらだ。筆者は芸能界やテレビ局の常識を一切知らないが、ビジネスの常識から見れば「異常」を百回繰り返しても足りない状況だ。

ジャニーズ忖度が報道内容、報道機関としてのあり様にまで影響を及ぼしているとしたら、それが監督官庁から指摘・指導されるような事態に発展したら各局の経営陣はどうなるか。少なくとも社長が辞任する程度で済まない。

ジャニーズ事務所の公式リリースでは、性加害を知らなかった発言、名ばかり取締役、取締役会を開いていなかった、事実関係は認めていないのに再発防止を明言するなど、大量のボロが露見したが、テレビ朝日の社長会見も同じく多数のボロが露見している。

企業として、報道機関として、そろそろ常識的な対応を始める時期だ。

中嶋 よしふみ  FP シェアーズカフェ・オンライン編集長
保険を売らず有料相談を提供するFP。共働きの夫婦向けに住宅を中心として保険・投資・家計・年金までトータルでプライベートレッスンを提供中。「損得よりリスクと資金繰り」がモットー。東洋経済・プレジデント・ITmediaビジネスオンライン・日経DUAL等多数のメディアで連載、執筆。新聞/雑誌/テレビ/ラジオ等に出演、取材協力多数。士業・専門家が集うウェブメディア、シェアーズカフェ・オンラインの編集長、ビジネスライティング勉強会の講師を務める。著書に「住宅ローンのしあわせな借り方、返し方(日経BP)」
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編集部より:この記事は「シェアーズカフェ・オンライン」2023年6月2日のエントリーより転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はシェアーズカフェ・オンラインをご覧ください。