企業年金資産の運用委託先の選定において、母体企業と親密な関係にある金融グループの投資運用業者が優先されることは、利益相反のおそれとして、好ましからざる事態であるが、日本の現状においては、是正されることなく、蔓延している。
法律上、企業年金には、忠実義務が課せられていて、利益相反は忠実義務違反になるはずであるが、監督官庁である厚生労働省は、忠実義務違反の解釈指針として、割高な報酬等による積極的な損害の存在をあげているので、利益相反のおそれが蔓延する状況が放置されているわけである。
しかし、積極的な損害は証明され得ないとしても、消極的な逸失利益の存在は推定され得る。つまり、運用能力の評価だけで投資運用業者が選定されていたとしたら、より優れたものが採用され、より優れた成果を生んでいた可能性を排除できないのである。ところが、逸失利益があると推定はされても、その存在を損害として証明できるか、更には損害額の合理的推計ができるのかという具体的な検討に至ると、極めて困難というよりも、ほぼ不可能だろうということが直ちにわかる。
この点、金融庁は、本来、企業年金の法律上の忠実義務を厳格に解する限り、投資運用業者の選定に際しては、専らに年金制度の加入員と受給者の利益のために最善の努力がなされなければならず、母体企業と金融グループとの取引関係を斟酌する余地は全くないのだから、利益相反のおそれは生じ得ないはずだと考えている。
例えば、2017年4月に、当時の金融庁長官であった森親信氏は、講演のなかで、企業年金の運用委託先として母体企業の親密金融グループに属する投資運用業者が選ばれている事態について、「フィデューシャリー・デューティーの観点に照らして問題があります」と述べている。ここでフィデューシャリー・デューティーというのは、英米法の概念であって、日本法の忠実義務を超えて最善を尽くすことまでをも求める高度な忠実義務のことである。
実は、金融機関に最善を尽くすことを求めるのは金融庁の一貫した方針であって、それを金融庁はベストプラクティスの追求と呼んでいる。それに対して、厚生労働省がいうような忠実義務は最低限の要請にすぎないので、金融庁のいい方ではミニマムスタンダードになる。
なぜ金融庁がベストプラクティスの追求を重視するかというと、ミニマムスタンダードに安住していては金融機能が高度化しないからである。実際、投資運用業者が最善を尽くして運用能力を競わない限り、業界全体の運用能力の向上はないのである。
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森本 紀行
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
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