「自民党の逆襲」は、認知領域における戦いの環境整備から

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安倍元総理が遭難した昨夏(2022年7月)以降、「安倍元総理を裏切った総理、議員」「仕事をしない親中大臣」「親韓反日議員」「旧統一教会とズブズブ」「壺」「内政干渉でLGBT法案ゴリ押し」「LGBT法で“変態トイレ”推進」等々、雑誌や夕刊紙とSNSには過激な主張が飛び交う。

これらは、岸田政権および与党自民党とその議員に対する誹謗中傷が多い。いずれも事実と実像から乖離した印象操作である。今年4月の統一地方選挙の時にも感じたが、選挙の前後にその量は増加し質は激化する傾向がある。だがこれまで公人、特に国会議員への誹謗中傷や印象操作、ほとんど“野放し状態”だった。

その背景にあるのは「言論の自由」である。「健全な批判」と「誹謗中傷」は明瞭に区別できるものではなく、権力を持つ側から“持たない”とされる側への法的措置は、民主主義の核心的価値観の一つである「言論の自由」を侵す危険性が懸念されたからである。

しかし5月にG7が成功裏に終了してから、自民党とその議員は、過激な主張を継続的に行っている一部の“言論人”に対して反論を開始した。これら行き過ぎた言論はもはや、批判の領域を超えて事実無根の誹謗中傷と化し、名誉毀損や侮辱の領域に踏み込んでいるので当然である。もちろん、筆者にそれを断定する権限はないので「個人的に持つ良識に照らして」ということに過ぎない。

筆者が目にした具体的な事例をいくつか列挙する。

  • 5月16日 えりアルフフィア衆議院議員、Twitter、名誉毀損等への法的措置検討表明
  • 5月19日 自民党本部、通知書送付、誹謗中傷・侮辱投稿の削除とチラシ配布の中止
  • 5月26日 稲田朋美衆議院議員、『月刊Hanada』に反論文掲載
  • 6月4日 萩生田光一衆議院議員face book、(SNS等の)誹謗中傷行為への声明文
  • 6月6日 小野田紀美参議院議員、Twitter、不適切なyou tube動画への指摘
  • 6月6日 稲田朋美衆議院議員、Twitter、(「嘘つき」呼ばわりへの)反論

等々(筆者が詳細に確認していないだけで他にも動きはあるだろう)。

なお、これらが統制された組織的行動なのか、たまたま時期が重なっただけなのかは現段階では区別できない。また、目的に「選挙対策」があるのかどうかもわからない。

蛇足ながら、自民党本部が19日に通知書を送付した事実について、その当日筆者は知らなかったが、偶然同日note上に「自民党は法的措置で対抗せよ」という趣旨の論考を投稿した(アゴラに掲載されたのはその2日後となる21日)。

時系列を考慮すれば、筆者の表明は自民党の行動には何らの影響も与えなかったが、自民党本部が「この誹謗中傷や侮辱は行き過ぎだ」と判定した判断基準自体は、客観的な部外者(の一人である筆者)の見立てと乖離していない、ということの一つの傍証にはなるだろう。

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萩生田政調会長揶揄画像に自民党は法的措置で対抗せよ
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誹謗中傷や侮辱は犯罪である

つい先日(6月6日)、積極的な動画配信をしていた“ガーシー”こと東谷義和元参議院議員が逮捕された。東谷容疑者は芸能人や企業経営者に対して恫喝や誹謗中傷の恐れが強い動画配信を行っていたという。また報道によれば、東谷容疑者は警察の調べに対し「犯罪に当たるとは思わなかった」と供述したとも伝えられる。

「犯罪に当たると思わず」 ガーシー容疑者、仲間に報酬

「犯罪に当たると思わず」 ガーシー容疑者、仲間に報酬(共同通信) - Yahoo!ニュース
 動画投稿サイトで芸能人らを脅したなどとして、逮捕された元参院議員のガーシー容疑者(51)が警視庁の調べに「犯罪に当たると思わなかった」と説明したことが6日、捜査関係者への取材で分かった。動画制作に

報じられた内容が事実であれば、誹謗中傷や侮辱に関連する罪について、法的な知識に欠けていたということを表している(なお他者の内心はわからないので推測の域を出ないが、本当は犯罪だと同容疑者は知っていたが、「知らなかった」という姿勢を打ち出すことで「法律的な争いを有利にしよう」とする意図を感じる)。

短期間とはいえ参議院議員に選出されたような人物でさえ、脅迫や名誉毀損にかかわる法律を知らないか、逮捕は免れられると誤解していたのである。一般人の多くが名誉毀損(誹謗中傷や侮辱等の罪)について誤解しているのも自然であろう。

また継続的に侮辱画像や誹謗中傷ツイートを繰り返していた人物(アカウント名「パンパカ工務店」)が立憲民主党から刑事告発され、現在その捜査が行われている。

この人物も度を越した誹謗中傷画像とツイートを繰り返し、侮辱的な印象の強い似顔絵で公人や著名人を揶揄した商品を販売していた事業者である。捜査を受けてもなお「不当に告発された被害者」という姿を打ち出しカンパを募るなど、争う姿勢を明確にしている。このことから自身の行為を「名誉毀損で犯罪に該当する水準だ」とは全く考えていない様子が伺われる(なお、いずれのケースも現段階では「犯罪」と確定してはいないので、“犯罪者”と断定的に扱いスクラムを組んで論難することもまた、逆に行き過ぎた私刑である)。

国会議員など公人に対しても「事実に基づかない誹謗中傷や侮辱」に限らず、一定の条件のもと、社会的信用などを低下させたと認められる場合には、たとえ公益目的があろうとも犯罪となり得ることを改めて認識すべき時である。次にあげる事例では、議員に対する「公益性のある批判」といえども限度はある、という判断を示している。

判決理由で舘内比佐志裁判長は(略)「議員の政治活動に関する論評や批判が重要な意義を有するとしても、国会議員であるからといって社会的評価を低下させる批判を甘受すべきだとはいえない」と結論づけた。

(産経ニュース「立民2議員への名誉毀損、2審も本紙に賠償命令」より引用)

「名誉毀損関連の知識」を周知徹底する必要性

これらを事実と仮定すれば、この東谷容疑者の供述や「パンパカ工務店」なる人物の姿勢は、法令知識と良識と品位の欠落を象徴している。収益を上げている事業者でさえこの程度の認識であれば、一般人で関連法令を知らない人も多いだろう。

今やインターネット、特にSNSの発展に伴い一般国民個人も情報発信者となる時代である。多くの人物が無知ゆえに、私的な落書きや私信と同じ感覚で犯罪に該当するレベルの誹謗中傷や侮辱を、無自覚のまま公に発信してしまっているのが実情である。

「無知を原因として罪を犯す人」をこれ以上増やさないために、NHKなどを媒介して国民に対し「名誉毀損に関連する知識、特に法令」を周知徹底する必要性が高まっていると言えるだろう。

認知領域の戦い

2023年において日本の原子力発電が思うように復活しないのは、2011年に起きた福島原発事故の後、科学よりも情緒に支配された世論を背景に過剰とも思える規制体制が敷かれたことの影響であり、12年経っても適正妥当な姿に戻れない。

2019年末から始まった世界的な感染症の流行を今振り返るならば、高齢者を除いて(期待値としての)リスクは高くないことが19年夏には判明したが、以後3年間日本社会全体が閉塞した。

いずれも事象そのものよりも、そこから派生した二次的損失の方が巨大であった可能性が高い。しかし正面からそれを論ずれば、モラルの観点から論難されて議論にならない。

日本社会には、合理性ではなく情緒によって激しく揺れ動き、議論することさえ排除する性質がある。これは100年以上前から観測されているが、今後も抱え続けることになる特性だろう。このような性質のある社会では、常に“可燃物”や“爆発物”があちらこちらにばら撒かれているに等しいと、状況認識すべきである。

認知領域における環境整備の重要性

依然として日本社会では「公人に対してならば、いかなる侮辱も根拠のない誹謗中傷も名誉毀損にはならないし、言論の自由があるので反撃もされない」という誤解が観測される。

確かに、このような現象は民主主義の国ではよくあることなのかもしれない。しかしながら覇権主義的な国が現状変更の企図を隠さなくなった現下の状勢において、この無知蒙昧な振舞いは、現状維持国側の連携を危うくする。

例えば、韓国野党議員(左派)による福島原発の処理水に関する嫌がらせに対してさえ単純化して韓国を丸ごと嫌悪する人々がいる。もし仮に「嫌韓感情」を昂らせて日米韓連携を非難する声が世論の大勢になることがあれば、現状変更国側の期待する通りの動きである。それは、抑止の段階ではその抑止力を低下させ、有事の際には防衛力を低下させるからである。

情緒に任せた世論のランダムウォークは、現状変更国に対して「間違ったメッセージ」、つまり「今が武力行使のチャンスだ」という信号を送ることになりかねない。

まとめ

“国内の空気が怪しく膨張する”前に、 “適時適切に水を差す”行動をとって国民の冷静な意識を保ち続けることは国益に沿う動きである。

また今まで誹謗中傷や侮辱が蔓延していた日本の言論空間だが、認知領域の環境整備のためにも、参加者の多くが法令順守を心がけ、冷静になるよう変化するきっかけが欲しい。

そのため、不自然な政府非難や自民党議員への事実と異なる誹謗中傷等を放置せず、党や所属議員による適時適切な反論や法的措置を実施することは、党や議員自身のためだけでなく、国益を守ることに直結している。

世論戦など認知領域の戦いにおいて、「現代日本は無自覚なままに侵攻されているのではないか」と感じるものだが、一連の反論を嚆矢として自民党には大いに反撃して頂きたい。