マイナ保険証では「不正受診を防止できない」など各種問題点の総括

私は医療のDXには基本的には賛成の立場です。しかし、従来の保険証を廃止してマイナ保険証に一本化することには、現状を見る限りとても賛成する気にはなりません。このまま突き進むと医療の現場の大混乱が予想されます。

マイナポータルHPより

問題点を総括してみます。

1.顔認証システムは、不正受診対策として役に立たない

顔認証により別人による不正受診を防止することは、マイナ保険証の目玉の一つでした。しかし、これは実際には役に立たない可能性が高いと考えられます。何故ならば、本人確認は顔認証と暗証番号のうち好きな方を選択できるからです。また、顔認証の精度はあまり高くないようであり、本人であってもエラーになってしまう場合があるようなのです。

マイナ保険証には顔写真が表示されているから、それにより事務員が肉眼で本人確認できるではないかと思う人がいるかもしれません。しかしそれは不可能なのです。何故ならば、マイナ保険証による確認はカードリーダーのところで完結しており、事務員の手にマイナ保険証がわたることは無いからです。

2.データ更新のタイムラグがないというのは嘘

マイナ保険証の利点の一つは、保険証データ更新のタイムラグがないことでした。ところが実際にはタイムラグがあるようなのです。全国保険医団体連合会の調査で、マイナ保険証のトラブルで最も多く報告されたのが「資格無効・該当なし」でした。つまり、データ更新にタイムラグがあるため、病院に受診した時点でデータがまだ更新されていないのです。

この問題は厚労省も把握しているようであり、東洋経済の記事によると、「保険者によるデータ登録を5日以内とする」というルールに改めるという話です。この場合でもタイムラグはなくなるわけではなく、最大5日間のタイムラグは残ることになります。また、登録は手動で行われているため担当者のケアレスミスがあればタイムラグは更に長くなることが有り得ます。

3.カードリーダー等が故障した場合を想定していない

町の診療所では、カードリーダーは1台のみのところが多いと思われます。機械はある日突然故障することがあります。その場合、マイナ保険証のみを持参した時は、保険証データを確認することができません。特に初診の場合が問題です。10割負担となってしまうことが有り得るのです。全国保険医団体連合会の調査で、「無保険扱い」で10割徴収となった事例が206件報告されています。

4.某保険者は、マイナ保険証と従来の保険証の両方を持参することを推奨している

某保険者のホームページより引用します。

今までの紙の健康保険証等は、もう必要ないですか?

いいえ、必要です。
病院等にかかられるときは、今まで通り紙の健康保険証等を持って行ってください。なぜならカードリーダー等が故障する可能性もありますので、紙の健康保険証等が必要です。

保険者の気持ちが痛いほどよく分かります。

5.高齢者施設でのマイナ保険証の使用は、ほぼ不可能

高齢者施設では職員が保険証を管理しています。マイナ保険証の管理は、従来の保険証の管理より格段に責任が重くなります。

全国保険医団体連合会の調査では、94%の施設が「利用者・入所者のマイナカードを管理できない」と回答しています。入所者の全身状態が悪かったり認知症だったりした場合は、職員がマイナカードのパスワードも管理することになり、管理の責任は更に重くなります。

6.マイナ保険証に含まれる電子証明書の有効期間は5年間

保険証データの取得にはマイナンバーが使用されるわけではなく、カードのICチップに含まれる電子証明書が使用されます。問題は、マイナカードの有効期間が10年に対して電子証明書の有効期間は5年間しかない点です。

5年経過したら、役所まで行って電子証明書を更新する必要があります。電子証明書の有効期限の切れたマイナ保険証で病院を受診すると10割負担となってしまう危険があります。意味が分からなくて病院の窓口で怒鳴りちらす高齢者の姿が目に浮かびます。

7.紐付けの手順が現状のままであれば、今後も誤登録が発生する可能性は高い

この問題は以前にも指摘しました。マイナ保険証はマイナポータルより申請します。この時点で申請者のマイナンバーは分かっているのにも拘わらず、保険者には申請者の氏名、性別、生年月日、住所のみが通知され、何故かマイナンバーは通知されません。そのため保険者では、氏名・性別・生年月日よりマイナンバーを検索して取得しています。

理解に苦しむ非合理的な手順です。このような手順では今後も多数の誤登録が発生することが予想されます。

8.マイナ保険証は月1回ではなく受診のたびに提示する必要がある

今までの保険証では月1回の保険証の提示で十分でした。マイナ保険証の場合は受診のたびに毎回マイナ保険証を提示する必要があるという話です。これは、おそらく月の途中で保険証が変更された場合に、その変更されたデータを正しく取得することが目的のようです。

ただし、既に解説したように実際にはタイムラグが存在していますので、本当にうまく機能するのか疑問があります。

9.医療情報のデジタル化はマイナ保険証がなくても進んでいるという現実

総務省のデータによれば、レセプトデータのデジタル化率は、2013年度末の時点で、医科(病院及び診療所)が96.6%、調剤薬局99.9%であり、十分分析が可能な状態です。マイナ保険証より、電子カルテの標準化や死亡診断書の電子化を急ぐべきです。

10.災害発生時には、紙の保険証やお薬手帳などのアナログデータの方が役に立つのは事実

デジタル化すると平常時には有益ですが、災害時などで電力や通信が不安定になると、全く無力になります。災害時には、お薬手帳などのアナログデータの方が役に立ちます。

デジタルデータに一本化するリスクについて十分に検討されるべきです。

最後に

冒頭でも述べましたが、私は医療DXの推進には基本的に賛成です。しかし、医療の現場を混乱させる危険のある「現時点でのマイナ保険証」にはとても賛成できません。制度設計が稚拙であり拙速であるのです。

このような国民全体に影響が及ぶ制度を変更する場合には、医療の実務経験の豊富な人の意見に十分に耳を傾け、時間をかけて制度設計を練り上げることが必要です。

次回の論考では、デジタル保険証はどうあるべきかについて考えてみます。

【補足】

10割負担問題について補足しておきます。問題は無保険者への対応です。会社を退職すると、次の会社に就職するまで無保険となります。この場合、国民健康保険に入るのが原則なのですが、このルールを守らない人が時々います。保険証は退職時に回収されるべきですが、回収が数日遅れることは、しばしばあります。

未回収の状態で医療機関を受診すると、医療機関はその保険証は有効と考えて、その保険証でレセプト請求します。しかし、実際にはその保険証は無効なので、保険者(健康保険組合など)は医療機関へそのレセプトを返戻しようとします。

これに対して、保険証の実物を確認していた場合、医療機関はその返戻を拒否することができます。拒否された保険者は患者本人より医療費を現金で回収することになりますが、簡単な作業ではありません。なお、保険証の実物を確認できていなかった場合は医療機関が患者本人より回収することになります。

無保険の状態でマイナ保険証で医療機関を受診し、カードリーダー等の故障で保険証データを確認できなかった場合、医療機関は無保険かどうかを確認することができません。この場合の一番簡単な対処方法は10割負担とすることです。たぶん無保険ではないだろうとレセプト請求して、後で無保険と判明した場合は話がややこしくなります。この場合、患者本人から医療費を回収するしかありませんが、保険者と医療機関のどちらが回収するかで揉めることになります。

国は面倒なことは保険者と医療機関に押しつけておいて、何か問題が起きても国は責任を取らないとしています。そのようなやり方で、制度がうまく回るはずがありません。