「自切」(じせつ)という語がある。
動物が敵に襲われたとき、自ら体の一部を切って落とす現象。トカゲの尾、カニのはさみなどの例がよく知られている・・。(世界大百科事典 第2版)
俗にいう「トカゲの尻尾切り」のことで、「自割」(じかつ)ともいう。
さらに詳しい情報を検索すると、「トカゲの尻尾切り」は「トカゲ自らの意思とは関係なく起きている反射運動」で、尻尾にある「小さな骨が繋がってできている尾椎(びつい)」に入っている切れ目「脱離節(自切面)」の周囲の筋肉がキュッと締まって分離する、と解説するサイトがあった。
自切した尻尾は数ヵ月で再生するが、完全に元通りになる訳ではなく、再生した尻尾には脱離節のない1本の軟骨だけが生成されるので、再び自切できないが、自切時に切り離さなかった部分に脱離節が残っていれば、そこからもう一度自切することがあるそうだ。
では「カニ」はどうなのだろうか。「岡山県立図書館」のサイトが、利用者から寄せられた「カニの自切と再生について、詳しい仕組みや様子が知りたい」との質問に、6冊ほどの専門書の記述を引用して答えている。
『カニの不思議』(青土社)は、「自切は傷害に対する反射的、自動的な反応で傷ついた脚を胴体から切り離す」ことをいい、付け根近くにある筋肉が弱い線に沿って切れると解説している。数度の脱皮を経て元の大きさになるが、複数の脚を同時に失うと「脱皮周期のスピードが上がり、早く再生」するという。
他方、「カニ」研究の第一人者酒井恒(03年5月-86年2月)は『蟹』(講談社)で、「カニ」の自割(または自切)には、「敵につかまった時に逃げるための逃避自割」と「深い傷を負った時に出血や痛みなどの危険から脱するための防護自割」があると書いている。
「自切」について縷々述べたのは、「岸田文雄という自切総理」について考察するためだ。昨年8月10日の内閣改造以来、憶え切れない数の閣僚や秘書官が更迭された。が、いくつかの更迭の理由やタイミングなどの説明に、著しく合理性を欠く事例があると筆者は考えている。
一国の総理がまさか「反射運動」で「自切」した訳ではなかろうから、本稿では、「カニ」が「深い傷を負った時に出血や痛みなどの危険から脱するための防護自割」と筆者には見える「岸田総理の自切」について考えてみる。
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5月24日、永岡文科相は宗教法人審に対して旧統一教会への6回目の「質問権」行使(1回目は昨年11月)を諮問し了承された。回答期限は6月12日で、過去5回の質問権行使により教団側から提出された資料の分析を踏まえた上で、①組織運営②予算、決算、財産③信者からの献金④各地にある教会の管理-などを調べる。文科相は6月中の結論を目指すという。
ところが岸田総理は、今を遡ること10カ月前の昨年8月10日の内閣改造までに、「旧統一教会との関係を点検するよう閣僚に求めて」、「改造前日までに関係を認めた閣僚7人は交代させ」ていた。
7閣僚は、教団関係者によるパー券購入とイベントに祝電を送った末松文科相、関連団体で挨拶した萩生田経産相、イベントに祝電を送った山口環境相、過去の選挙で教団の支援を受けた岸防衛相、18年にイベントで実行委員長を務めた二之湯国家公安委員長、祝電を送ったイベントに秘書が代理出席した野田少子化担当相、そして21年にイベントで挨拶した小林経済安全保障相だ。
だのになぜか改造当日に会費支出と会合出席が確認された山際大臣は留任させた。しかし10月21日までにネパールでの会合出席(16年)や教団トップとの写真(19年)が流出するなどし、24日になって事実上更迭した。都合、8人の閣僚が交代させられたことになる。
以上のことが意味するのは、旧統一教会が今以て宗教法人法に基づく法人格を維持しているにも関わらず、10カ月も前に旧統一教会とその関連団体との関係を、将来にわたって断つことを自党議員に強い、過去に関係があったとした閣僚8人の首を挿げ替えたということ。通常の内閣改造として行うことも出来たはずなのに。
なぜ「質問権行使」の帰趨を待たなかったのか。安倍暗殺後、奈良県警のリークと思われる狙撃容疑者の話にメディアが飛びつき、世論が雪崩を打って旧統一教会叩きに流れたことに慌てたからではないのか。岸田が自党に対して行った昨年8月の拙速極まる行動は、憲法に謳われた信教の自由や思想信条の自由を侵すものではあるまいか。
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昨年末に杉田水脈総務大臣政務官を事実上更迭したことも、同議員の内心の自由を侵した疑いがある。杉田は昨年8月に政務官に就任したが、いわゆる「いいね」訴訟で東京高裁が10月、原告の請求を棄却した東京地裁の一審判決を破棄し、一転杉田に55万円の賠償を命じた。
杉田はすぐに上告したが、立憲議員が執拗に杉田更迭を求めた。岸田は「職責を果たすだけの能力を持った人物と判断した。政府の方針に従って職務に専念してもらう」と述べたものの、杉田は12月27日、「内閣の一員として迷惑をかけたくない」と辞表を提出、松本総務相は受理した(12月27日「NHK」)。
このNHK記事には以下の記述もある。
杉田水脈総務政務官は、過去に月刊誌の論文で「LGBTの人たちは『生産性』がない」と記したほか、みずからのブログに国連の会議に参加した時のことについて「チマチョゴリやアイヌの民族衣装のコスプレおばさんまで登場」などと掲載し、先の国会で「配慮を欠いた表現だった」と謝罪し撤回しました。さらに、杉田政務官の、性犯罪や女性差別、それに待機児童をめぐる発言などに対しても批判が相次ぎ、野党側は通常国会でも追及する姿勢を見せていました。
ツイートの「いいね」が名誉棄損になるとは、日本も恐ろしい社会になった。が、その件は上告中だし、NHK記事にある言動は杉田が民間人だった頃に内心を吐露したものだが謝罪撤回した。「内閣の一員として迷惑をかけたくない」との弁には、任命者である岸田総理が野党の追及を毅然として跳ね付けなかったことがあろう。
岸田が4月4日に「同性婚を巡り差別発言をした荒井勝喜首相秘書官を更迭した」ことも、同秘書官による「内心の吐露」を断罪したと言える。なぜなら岸田はこう述べているからだ。
多様性を尊重し包摂的な社会を実現していく今の内閣の考え方には全くそぐわない言語道断の発言だ。性的指向だとか性自認を理由とする不当な差別、偏見はあってはならない。
そうかも知れないが、杉田に対しては「職責を果たすだけの能力を持った人物と判断した。政府の方針に従って職務に専念してもらう」と擁護したではないか。例えば「内心の自由はあるが、オフレコとはいえ口に出す危機管理の欠如は秘書官として失格だ」とでも述べるのならまだ理解できる。いずれにせよ厳し過ぎるもの言いだ。
2月8日のバイデン政権のLGBTQI+特使ジェシカ・スターンとエマニュエル大使との面談で因果を含められた公明党山口代表からの圧力や、4月17日に予定された岸田夫人の、LGBT活動家として知られるジル米大統領夫人との懇談などがあり、岸田の頭に血が上ったのではなかろうか。
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以上は「内心の自由」に余りに無頓着な岸田の更迭劇だが、今般の翔太郎氏の更迭は、危機管理の欠如という側面はあるものの、これらと比べ余りにレベルが低い。その上、岸田が件の忘年会を翔太郎氏が開いたものと糊塗しているように思われる節がある。
5月25日の「日経」は「翔太郎氏は首相公邸で親族と忘年会を開き、賓客を招く場所などで写真撮影したと報じられた」とし、岸田が「国民の皆さんの不信を買うようなことなら誠に遺憾だ」と述べたこと、松野官房長官が「年末の親族の来訪時のものであり、首相も私的な居住スペースにおける食事の場に一部顔を出し、挨拶した」ことなどを報じている。
これを読むと、翔太郎氏が開いた忘年会に岸田が「一部顔を出した」だけと思いがちだ。が、夫人と共に部屋着に裸足という出で立ちの写真も流出した。岸田の指示で翔太郎氏が調整した恒例の忘年会ではなかったのか。隠れ蓑に使った息子をカニの足のように自切した疑いが濃い。