コロナ禍を経験し、注目が集まるベーシックインカム
スイスでベーシックインカムの導入の可否に関する国民投票や、フィンランドでの社会実験等、日本でもベーシックインカムが取り上げられる機会が増えています。
また、最近ではコロナ禍に、竹中平蔵氏が下記のように発言し、注目を集めたのは記憶に新しいでしょう。
これまでの現金給付は、消費刺激効果がなかったと言われるが間違いだ。これは景気刺激策ではなく、生活救済策だ。10万円の給付はうれしいが、1回では将来への不安も残るだろう。例えば、月に5万円を国民全員に差し上げたらどうか。その代わりマイナンバー取得を義務付け、所得が一定以上の人には後で返してもらう。これはベーシックインカム(最低所得保障)といえる。実現すれば、生活保護や年金給付が必要なくなる。年金を今まで積み立てた人はどうなるのかという問題が残るが、後で考えればいい。
出典:「アフターコロナの新しい世界を議論する「ポストコロナ構想会議」の設置が急務だ」(2020年5月25日 週刊エコノミストONLINE)
※筆者注 現在月5万円給付は7万円に上方改定されています(竹中平蔵「私が弱者切り捨て論者というのは誤解」2021年12月2日 東洋経済ONLINE)
ベーシックインカムのメリットやデメリットは様々に議論されていますので、ここではそうしたメリットやデメリットに関しては触れないでおきたいと思います。
ベーシックインカムの起源は500年以上前?
ベーシックインカムは、すべての国民に、つまりお金持ちにも貧乏人にも、元気に働ける人にも働けない人にも、老若男女問わず、政府が一定の金額を無条件に給付する仕組みです。
ベーシックインカムの思想的な起源はいまから500年以上もさかのぼることができ、ルネサンス、宗教改革時代のイングランドの代表的なヒューマニストトマス=モアが著した『ユートピア』にあると言われています。『ユートピア』では、原始共産的な記述がみられます。
社会保障制度の代替案としてのベーシックインカム
一方、日本では、竹中氏も指摘するように、行き詰りつつある社会保障政策の抜本的な改革案の一つして取り上げられることの方が多いと言えます。
しかし、「世の中にただ飯は転がっていない」(ノーフリーランチ原則)というのが経済学における大原則でありまして、もし、なにか新たな政策が実施されるとすれば、当然そこでは誰かがいかなる形であるにせよコストを負担することになります。つまり、ベーシックインカムの導入を主張するのであれば財源をどうするのか決めておく必要があるはずです。
ただし、現状では、日本でベーシックインカムが導入される予定はありませんので、具体的な制度設計については、全く不明であり、適当なベーシックインカムをこちらで考える必要があります。ベーシックインカムの規模が決まらなければ財源の規模も決まらないからです。
ベーシックインカムを社会保障政策として捉えるのであれば、現在の社会保障政策をどうするのか、ベーシックインカムとの関係を整理する必要が出てくるはずです。
つまり、ベーシックインカムを、現在の社会保障政策に上乗せするのか、現在の社会保障政策は廃止して、ベーシックインカムですべて置き換えるのか、それとも、年金・医療・介護・生活保護・児童手当等社会保障・福祉政策のうち、現金給付にかかる部分はすべてベーシックインカムに統合し、現物給付(サービス給付)は現行のまま維持するのか、様々な考え方があると思います。
ベーシックインカムの導入を主張する政治家は、既存の社会保障とベーシックインカムの関係をあまり明確に提示しない傾向にありますが、竹中氏は先のインタビューではっきりとベーシックインカムは年金や生活保護に置き換わるものと仰っておられます。
ベーシックインカムの財源
では、竹中氏の主張である月7万円の相場観はどんな感じでしょうか。
まず、国民年金に関しては、平均56,368円(うち男性59,013円、女性54,346円)となっていて、国民年金だけよりは高い水準となっています。
次に、生活保護の場合ですが、東京都23区で単身の65歳の場合、130,580円ですから、ベーシックインカムの方が低い金額となります。
さて、財源ですが、例えば、月1万円と考えると、日本人人口は1億2203万1千人(2022年10月1日現在)ですから、1億2203万1千人×1万円/月×12月=14.6兆円となります。
したがって月5万円であれば14.6兆円を5倍した73.2兆円、月7万円であれば102.5兆円必要となります(月1万円で財源15兆円と覚えておくとよいでしょう)。
竹中案のように、国民一人当たり月7万円のベーシックインカムを支給する代わりに、国民年金(基礎年金)24兆4,997億円(厚生労働省「厚生年金保険・国民年金事業の概況」)と生活保護3兆7,625億円(厚生労働省「生活保護費負担金事業実績報」)を廃止すると、合計28.3兆円財源が捻出できるので、新規に必要となる財源は74.2兆円となります。
もし、この金額を消費税の増税で賄うとしたら、2023年度当初予算の見積もりを使えば、消費税率1%あたり2.3兆円なので、消費税率を32%引き上げ、42%にする必要があります。
年収900万円以上の世帯では負担超過
いま、所得階層別にベーシックインカムと消費税負担増加額の収支を見てみると、平均的な世帯では67.4万円の純受益となりますが、年収900万円以上の世帯では負担超過になることが分かります。所得が低いほどベーシックインカムによる純受益額が大きく、ベーシックインカムは所得再分配効果を持つことが分かります。