イラン発麻薬戦争の最前線:なぜ米国はクルド人勢力関与を続けるのか

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イランが子飼の勢力を通じ違法薬物を拡散し、イラク、シリアからアラビア半島まで蝕みつつある。中でもアサド政権のシリアは、中東各地で大問題となっている違法薬物「カプタゴン」の供給元として悪名高い。

本稿ではカプタゴンについて深入りはしない。先日公開された記事をご覧いただきたい。

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アサド政権はサウジなど外国だけでなく、自国内の他の勢力の支配地にもカプタゴンなどの違法薬物を流している。大きな流入先の一つが、クルド人を中心とした政府が統治する「北東シリア自治地域(以下:自治地域)」である。

クルド人部隊が中心のシリア民主軍はイスラム国打倒に不可欠な貢献をしてきた一方、薬物の摘発を盛んにアピールしてきた。

4月15日、北東シリア治安当局より

クルド人勢力はユーフラテス川以北、シリアの国土の3割を手中に収め、アメリカともロシアとも巧みに取引する政治力もある。それゆえ、全土の再征服を目指すアサドにとっては目の上のたんこぶであり続けている。

これまでも政権は度々、部族の有力者を集めてはクルド人やその同盟相手の米軍に対する「武装闘争」をけしかけてきた。クルド人たちもまた、部族勢力の懐柔には心を砕いているため、今のところこうした策謀は功を奏しているとは言い難い。そのため、現地のクルド人たちは、アサドが麻薬を使い社会を混乱させようとしているとみている。

自治地域政府に近いメディアによると、違法薬物は地域内に日用品、人道支援物資の体裁をとり、政権側支配地域から流入してくる。

治安当局の話として、押収された薬物を搭載していた車両はいずれも、政権側のチェックポイントで何ら検査を受けていないというのである。内戦下のシリアでこれは、非常に不自然なことである。スパイの行き来や武器の流入を防ぐために、紛争地域ではこうしたチェックポイントが乱立するからである。

自治地域内は、政権支配地域と対照的に”クリーン”なようである。紛争問題を研究する国際団体の報告では、カプタゴンや大麻の生産地の多くが政権側支配地に偏る半面、クルド人が当地する北東シリアではわずかに1か所、大麻の生産地が存在するだけである。それも、大規模な密売用ではなく地元の小規模な需要を満たすためということだ。

自治地域治安当局が公開した押収物の中で、違法薬物と並んで目を引くのは偽ドル札である。

3月25日、北東シリア治安当局より

偽札と言えば、イランの影が見える。過去には、アフガニスタンのヘラートで、偽札を含む大量のドル札が押収されたことがあった。ヘラートはイランとの国境からほど近い場所で、制裁による外貨が払底しているイランが密輸を企んだと断定された。

以前、アメリカ政府は、イエメンにてイランの影響下にある集団がイスラム革命防衛隊の対外工作部隊ゴドスのために、最新の印刷設備を導入し偽イエメンリアル札を刷っていたと明らかにした。このほかにも、イランが関与したとみられる偽札事件が報じられている。

こうしたことから、イランは子飼いの勢力に禁制品を作らせ、それを各地にばら撒いて地域を不安定化させようとしている構図が浮かび上がる。北東自治地域はちょうど「M4国際道路」が通る交通の要衝に位置している。アサドの思惑とは別に、イランもこの地域をブツの輸送路として活用していると推測される。

クルド人勢力は、中東への介入で多くの犠牲を払ったアメリカが唯一得ることのできた同盟相手と言っても過言ではない。ただ、イスラム国壊滅後も継続するシリアのクルド支援は、NATOの同盟国トルコとの対立を招来することから不合理な行動とも見られてきた。

トランプが「シリア撤退」をぶち上げた際には、我が国のシリア専門家は「クルド人は捨てられた」「役割を終えた」と嬉々として論じていた。このようにクルド勢力の役割は、我が国の中東専門家の間では過小評価されてきた。まるで、その役割にフォーカスすることが、中東の独裁政権に都合が悪いかのように――。

イランの野心「シーアの三日月」へのくさび。ここまで触れた内容をつぶさに見れば、アメリカがなぜ頑なにクルド人勢力への関与を続けるのか、素人目にも明白だと思われる。