ウィーン「最も住みやすい都市」に

英誌エコノミストの調査部門「エコノミスト・インテリジェンス・ユニット(EIU)」が毎年発表している「世界で最も住みやすい都市ランキング」でウィーンが「2023年の最も住みやすい都市」に再び選ばれた。ウィーンが2018年、初めて世界第1位に選ばれた時、オーストリアのメディアは大々的に報じたが、その後19年、22年とウィーンが世界第1位の「住みやすい都市」になったこともあって、その喜びの感動も薄れてしまった感がある。贅沢なことだ。

バロック建築の傑作、ウィーンのベルヴェデーレ宮殿 pressdigital/iStock

世界173都市を「安定性」、「医療」、「教育」、「文化と環境」、「インフラストラクチャー」の5つのカテゴリーから評価された。エコノミスト誌がウィーンを「世界で最も住みやすい都市」に選んだ決め手は、「生活の質」の高さだという。具体的には、オーストリアの首都は、豊かな文化、優れたインフラ、高いセキュリティで評価されたという。

2位はデンマークの首都コペンハーゲン、次いでオーストラリアのメルボルンとシドニーの2都市、カナダのバンクーバーが続いた。昨年3位だったチューリヒは6位に後退。ジュネーブはカナダのカルガリーとともに7位だ。ちなみに、フランクフルトとベルリンは17位を分け合っている。パリは24位、ロンドンは46位、ニューヨークは69位だった。

先ず、5つのカテゴリーからウィーンを少し検証した。

「安全性」:人口当たりの犯罪件数からみるならば、ウィーンは安全な都市だ。夜1人で歩いていても襲撃されるのではないか、といった恐れは少ない。殺人事件も家庭内の争いがもとで起きるケースがあるが、見知らぬ人から襲われるといったことは極めて少ない。

「医療システム」:ウィーンは現在、医師不足、看護師不足で患者がすぐに治療を受けることが次第に難しくなってきたが、それでも他の欧州都市と比較するならば、整っている。ウィーンにあるAKHは欧州最大級の総合病院だ。公共保険に入っていれば、通常の治療はほぼ無料だ。薬も年金者は無料。もちろん、ウィーンでも医療で1等と2等のクラスの違いはある。当方が網膜剥離で入院した時、1人の患者は1人部屋で、当方は4人部屋だった。前者の患者は多分、公共の保険の他に、プライベートな保険にも加入していたのだろう。

「教育」:大学は国立が主だが、私立大学も最近出てきた、ベルリンと並んでドイツ語圏最大の大学都市だ。ただ、大学入学資格(マトゥラ=Matura)を有している学生も卒業まで大学に残る割合は多くない。授業についていけず試験に合格しなかったケースや生活費を稼がなければならないため授業に出られなくなったという場合だ。フォルクスシューレやギムナジウムも授業代は無料。授業についていけない児童を持つ親は補習校に送ったり、プライベートで先生を雇うことがあるが、補習代は年間かなりになるという。

「文化と環境」:650年君臨してきたハプスブルク王朝時代の遺産は至るところで発見できる。青きドナウ川が流れ、ウィーンの森ではワインがつくられ、環境的には他の欧州都市より静かだ。ウィーンは国際会議の開催数が世界第1の都市だ。年間、さまざまな医療関係の国際会議などが開催される。2022年に世界中で開催された国際会議イベントの国際会議コンベンション協会(ICCA)のランキングではウィーンは162の国際会議が開催され、世界第1位だった。ウィーンには52の国際機関の本部、事務所がある。唯一の欠点は、大きなスポーツイベントが開催されないことだ。

「公共運輸インフラ」:ウィーン内を市電やバスが走り、地下鉄網も整っているから、市民は市内を移動するのに車は必要ない。車で移動すれば、駐車場探しで苦労する。年間チケットを買えば、市電、地下鉄、バスの全ての公共交通機関を全て利用できる。

ウィーンのルドヴィク市長は、「ウィーンは機能する都市であり、これまでに行われた政治的決定により、将来に向けて十分な準備ができていることを示している。誰もが高い生活の質、優れたセキュリティ、優れたインフラの恩恵を受けている。これはこの街で日々働く皆さんの功績だ」と述べている。

最後に、「世界で最も住みやすい都市」に住んできた当方の感想をつけ足したい。当方は音楽の都に惹かれてウィーンに来たわけではない。ウィーンが冷戦時代、東西両欧州の中心に位置していたという地理的、そして政治的な理由からだ。ウィーン発のブログで音楽コンサートやオペラの話がないブログは珍しいだろう。

読者の中で、ウィーンに住む市民は「世界一恵まれた人たち」だな、と思われた人がいたとすれば、ちょっと待ってくれ、といいたくなる。ウィーンが恵まれた環境圏にあることは間違いないが、そこに住む市民が他の欧州都市の住民より幸せかというとそうとは断言できないからだ。

昔の話を持ち出して恐縮だが、モーツァルトとベートーヴェンもウィーンに住んでいたが、絶えず引っ越しを重ねている。なかなか同じ場所に居住できないのだ(当方はこれまで4回、引っ越ししてきたが、5回目は御免こうむりたいと考えている)。

観光客が増えれば、ウィーンは益々喧噪が増すことは間違いない。エコノミスト誌の「世界で最も住みやすい都市」のタイトルはその都市に住む市民にとって本当に「住みやすい都市」であるかは別問題だ。なお、ウィーン人口は移民の増加もあってあと数年で200万都市入りする予定だ。2020年の段階で約191万人だ。

フランスの作家、ロマン・ロラン(1866~1944年)は「ベートーヴェンの生涯」の中で、「ウィーンは軽佻な街だ」と書いていた。その評価は100年以上前のものだ。当方は不思議と「そうだよな」といった共感を覚えてきたが、最近はウィーンの懐の深さを感じ出してきている。

ウィーンに40年余り住んでいても「自分は外国人だ」という思いは消えない。何年住んでいても外国人であり続けるだろうといった一種の諦観だ。それにはウィーン生まれのウィーン子の世界には入れない、といった少々捻くれた思いが混ざっているのかもしれない。ただ、「世界で最も住みやすい都市」に住む外国人の一人として、当方はその恩恵には感謝している。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年6月24日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。