6月16日に「Precision medicine meets cancer vaccines」という記事がNature Medicine誌に公開された。「プレシジョン医療(オーダーメイド医療)ががんワクチンに巡り合った」のだ。
メラノーマや膵臓癌がんに対するがんネオアンチゲンmRNAワクチンの有望な結果から、その将来性と課題についてのコメントしたものだ。
最大の課題はコストと長期間の安全性だ。当然ながら個々の患者さんのがん細胞で起こった遺伝子異常をもとに個別に製造するのだから、コストは高くなる。コロナウイルス感染症ワクチンのように同一製品を膨大な数(億単位)作り出すのとは異なり、製造原価(治療費)は高くなる。
しかし、DNAシークエンスコストが20年間で百万分の1になったように、自動化が進み(広がれば、AIとロボットですぐに自動化されると思う)、2030年までには誰でもが手が届く範囲になることは想像に難くない。もちろん、長期的な副作用などは推移を見守るしかない。
治らないがんを治す試みをしていくのか、副作用を恐れて何もしないのか?コロナ流行が始まった頃の国内のmRNAワクチンの議論を思い出してほしい。ワクチン接種を始める前から副作用を煽って、日本が出遅れてしまった過去を繰り返すのかどうか、考えてほしい。また、多くのワクチンを用意して、引き出しから出して使えるようになればいいとのコメントは、非現実的だ。
また、進行がんでは有効なのかわからないとのコメントがあったが、これは、20世紀的な発想だ。がんができるだけ小さい方が治癒率は高いので、がん検診で早く見つけ、見つかればできるだけ早く手を打ち、分子レベルでがん細胞の残存や転移・再発を診断し、再発予防に応用するのがいいに決まっている。利点をどう生かすのかが課題だ。
私はもっと大きな課題として、20-30種類のネオアンチゲンをmRNAで一気に作り出しても、それらが本当に抗原提示されるのかどうかが問題だと思っている。
当然ながら、HLAに結合力の高いものが優先的に結合され抗原として提示されるはずで、すべての抗原が等しく抗原として提示されるわけではない。また、ネオアンチゲンに反応するTリンパ球が、正常細胞を全く攻撃しないかどうかも疑問だ。アミノ酸が置き換われば、それに反応するTリンパ球はがん特異的にしか作用しないというのは大いなる誤解である。
日本はもっと集中的にこの分野に取り組むべきだ。
編集部より:この記事は、医学者、中村祐輔氏のブログ「中村祐輔のこれでいいのか日本の医療」2023年6月26日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。