26日は「プリゴジン反乱」に出演した役者たちはそれぞれ自身の立場をロシア国民に説明する忙しい1日となった。というより、週末の24日の出来事に対して、週明けの月曜日には関係者がロシア国民の前に説明責任が問われたのだ。そのためには、国営メディアのプロパガンダに委ねるより、カメラの前で自身の声で語るほうが得策という判断が働いたのだろう。
先ず、モスクワ進軍を突然中止し、ロストフナドヌーに戻って以来、行方が不明だったロシア民間軍事会社「ワグネル」の指導者プリゴジン氏は音声メッセージで、ワグネルのモスクワ進軍はロシアのプーチン大統領の打倒を目指したクーデターではなく、ウクライナ戦争で多くの犠牲をもたらしているロシア正規軍の責任、国防省幹部たちの指導を糾弾することが狙いだったと説明している。オーディオメッセージがいつ、どこで録音されたかは明らかにされていない。
その数時間前、プリゴジン氏が批判してきたショイグ国防相がヘリコプターに搭乗し、ロシア軍が戦闘しているウクライナ東部・南部戦線を現地視察している姿が国営放送を通じて放映された。ただ、ショイグ国防相の姿は写っていたが、その音声は流れてこない。
欧米メディアは、「この放映が26日に撮られたものか、その前に撮ったフィルムかは分からない」と慎重に受け取っている。明確な目的は、「プリゴジン反乱」があってもロシア正規軍はビジネス・アズ・ユージアルで通常の活動を行っていると国民にアピールすることだったという。
そしてプーチン氏は26日夜、国営放送の通常番組を中断し、国民に向けて演説した。プリゴジン氏を名指しこそしなかったが、24日夜のプリゴジン氏が率いるワグネル軍のモスクワ進軍に言及し、国の安全を脅かす如何なる行為も許されないと厳しく強調した後、ワグネル軍の反乱を大きな犠牲もなく抑えた軍関係者、そして冷静に対応した国民に感謝を述べた。
ワグネルについては、兵士は処罰されないこと、「願うならばロシア正規軍に入るか、ベラルーシに亡命するか、それとも軍務から離れて家庭に戻るかは各自が判断すべきだ」と説明、ワグネルの存続はもはやあり得ないことを確認している。
演説内容を報じたオーストリア国営放送のモスクワ特派員パウル・クリサイ氏は、「演説内容は中身の薄いものだった」と述べていたほどだ。ただ、プーチン氏にとっては、「プリゴジン反乱」後、国内情勢を掌握している自身の姿を国民に見せることが狙いだった、と解説されている。
ちょっと時間は前後するが、26日にはミシュスチン首相が閣僚会議を開いている。同首相は、「プーチン大統領の指導の下でわれわれは一体とならなければならない」と述べていた。そのシーンが国営放送で放映された。
ちなみに、ロシアの憲法によると、最高指導者は大統領、第2位はミハイル・ミシュスチン首相、第3位は連邦議会のワレンチナ・マトヴィエンコ議長、第4位は下院のヴャチェスラフ・ヴォロージン議長だ。すなわち、プーチン氏に何か生じた場合、ミシュスチン首相が暫定大統領に就任することになる。その首相がテレビのカメラを前に、プーチン氏への忠誠を呼びかけたわけだ。計算された演出だ。
興味深い点は、プリゴジン氏の反乱が進行中、ロシア正規軍内やクレムリン指導者たちは事態を静観し、誰一人としてプリゴジン氏を支援するとか、プーチン大統領に忠誠を宣言する者は出てこなかったことだ。事態が急展開し、勝利者が誰かが判明した後になって、勝利者のもとに集まり出したわけだ。ミシュスチン首相が反乱進行中、プーチン大統領に忠誠を呼び掛けていたならば、その存在は反乱後、一段と輝いていたかもしれない。
以上、「プリゴジン反乱」後、モスクワのソビャニン市長が特別休日とした月曜日の26日、同反乱を巡り、関係者がそれぞれテレビの前や音声で自身のポジションを明らかにしたわけだ。
ロシアに23年間、君臨してきたプーチン大統領にとってプリゴジン反乱は最もドラマチックな出来事となったことは間違いないだろう。欧米メディアは同反乱でプーチン氏の統治力、リーダーシップに陰りが見え出したと受け取っている。
看過できない点は、ウクライナ戦争はプーチン氏のナラティブ(物語)から始まったこと、プリゴジン氏はプーチン氏が育てた民間軍事組織の指導者であったこと、そしてウクライナ戦争ではロシア軍指導部の戦略に不満があるのはプーチン氏はプリゴジン氏と同意見であることだ。
ロシア国防省幹部たちを批判してきたプリゴジン氏は表舞台から姿を消し、独自のナラティブの世界に生きる大統領はそのプレゼンスが薄れてきた。反乱後のロシア情勢で依然変わらないのはロシア正規軍を指導するショイグ国防相、ゲラシモフ軍参謀総長かもしれない。ただ、彼らが今回の反乱を恣意的にコントロールしていたわけではないだろうから、ロシア情勢は反乱後、一層流動的になるだろう。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年6月28日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。