トランプ氏起訴のブーメラン効果?(古森 義久)

顧問・麗澤大学特別教授 古森 義久

アメリカのドナルド・トランプ前大統領は6月8日、フロリダ州の連邦検察当局から機密文書の不当な保持などの罪状で起訴されたが、その後のアメリカ国民からの支持はかえって上昇したことが一連の世論調査で明らかとなった。トランプ氏は今年4月のニューヨーク州の地方検事による起訴でも一般有権者の支持を大幅に高めた記録があり、この種の起訴の正当性が改めて広範な議論の的になる見通しも生まれてきた。

アメリカの多数の世論調査機関のなかでも最大手のラスムセン社はトランプ氏への一般国民の態度についてフロリダ州での起訴から1週間ほど後の6月中旬に実施した全米世論調査の結果を発表した。この発表によると、アメリカ有権者のうち45%が今後の大統領選ではトランプ氏に投票すると答え、バイデン大統領に投票すると答えた人は全体の39%に留まった。

ラスムセン社はいまアメリカで唯一、大統領への支持率を毎日、調査して発表する作業を続けている機関で、そのこれまでの予測は他の多くの機関より正確だったという定評がある。

そのラスムセン社はこの5月ごろにはバイデン氏の支持率がトランプ氏とはほぼ並ぶか、あるいはわずかながらリードするという調査結果を発表してきた。だから6月中旬に発表された上記の最新の調査でのトランプ氏の6ポイントのリードは2回目の起訴の後にトランプ氏への支持が急速に高まったことを証している。

一方、ハーバード大学とハリス社の合同の世論調査でも、トランプ氏の2回目の起訴後の調査でトランプ氏45%、バイデン氏39%と、ラスムセン社と同じ数字の支持率が出た。さらに政治調査でよく知られるキニパック大学による同時期の世論調査でもトランプ氏が48%、バイデン氏が44%という全米での支持率結果が出た。

一方、バイデン政権自体はこの2回の起訴に対しては具体的な論評を避けながらも、「法律はすべての国民に均等に適用される」という一般論で起訴自体の合法性を認めている。また民主党支持層はこのトランプ氏起訴を支持するという人たちが6割、7割という多数派を占めている。

となると、民主党も共和党もとくに支持しないという無党派層、あるいはアメリカ国民全体という観点からの反応が重視されることになる。この点で参考になるのはやはり前記の全米調査でのトランプ氏、バイデン氏のどちらを支持するかの質問の結果だったといえよう。トランプ氏への支持率が上昇したのである。

アメリカ一般国民のこうした反応はやはり民主党バイデン政権下の検察、捜査機関が共和党の大統領候補のトランプ氏にこの種の捜査や起訴の措置を下すのは、政治的な動機が強いとする認識が広範だからといえよう。実際に各種の世論調査でもすでにトランプ氏の6月の起訴に対しては、政治的動機を感じるとするアメリカ国民の回答が共和党支持層で8割ほど、無党派層でも6割近くというような数字が出ていることが報じられた。

トランプ氏自身は2回の起訴に対して、そのすべての罪状に無罪だと主張し、この起訴の動きを「魔女狩り」と断じて、「民主党による歴史的な政治妨害」とも評している。

アメリカの司法に関してはよく「有罪確定までは推定無罪」という言葉が語られる。だれかが犯罪容疑で逮捕されても、起訴されても、その容疑が裁判で審理され、最終的に有罪の判決が決まるまでは、その被疑者や被告は無罪として扱われる、という原則のことである。

今回のドナルド・トランプ前大統領の二度目の起訴に関しても、アメリカ一般国民の多数派の反応はまさにいまのところ「推定無罪」なのだ。トランプ氏がまだまだ無罪であるかのような認識によって、政治的にはトランプ氏への支持をかえって強めた国民が多いのである。少なくともこれまで紹介した各種世論調査はそんな現実の流れを示したといえる。

アメリカには「バナナ共和国」という用語もある。バナナ共和国とは権力者が政敵を不当に弾圧する中南米の独裁国家へのアメリカ側での俗称である。その種の中南米の諸国にはバナナ産出国が多いことから生まれた侮蔑的な表現である。

前述のラスムセン社の世論調査では、調査対象に「アメリカはバナナ共和国のようになったと思うか」という質問もぶつけられた。その結果は58%がイエスだったという。と同時にそのトランプ氏に対する2回目の起訴が正当か、不当か、という質問もあった。正当が35%、不当が54%だという回答が出たという。

こうみてくると、トランプ氏の起訴という歴史的にも前例のない措置はトランプ氏を破滅させるという様相よりは、むしろ逆の方向に物事が機能するという展望も浮かばせてきたといえる。民主党がもしトランプ氏を政治的に葬ろうとして、司法機関をこうした方法に動員していたとすれば、その結果、民主党側がかえって傷つくというブーメラン現象も可能性としては生まれてきたのである。

アメリカでも政治はやはり一寸先は闇、ということなのか。

古森 義久(Komori  Yoshihisa)
1963年、慶應義塾大学卒業後、毎日新聞入社。1972年から南ベトナムのサイゴン特派員。1975年、サイゴン支局長。1976年、ワシントン特派員。1987年、毎日新聞を退社し、産経新聞に入社。ロンドン支局長、ワシントン支局長、中国総局長、ワシントン駐在編集特別委員兼論説委員などを歴任。現在、JFSS顧問。産経新聞ワシントン駐在客員特派員。麗澤大学特別教授。著書に『新型コロナウイルスが世界を滅ぼす』『米中激突と日本の針路』ほか多数。


編集部より:この記事は一般社団法人 日本戦略研究フォーラム 2023年6月29日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は 日本戦略研究フォーラム公式サイトをご覧ください。