5月に開催された「ジャパン・ビジョン・フォーラム(JVF)」の模様をお伝えしているシリーズ、3回目の今回は福川伸次氏、山口栄一氏、波頭亮氏を迎えてのパネルディスカッションです。
今回のパネルは90分超えと異例の長尺にもかかわらず、来場された皆さんが揃って高い集中力で聞き入って下さり、最後まで不思議な熱気に包まれていました。
終盤にはオーディエンスとして出席下さった、筑波大学教授の山海嘉之先生(世界初のサイボーグ型ロボットであるロボットスーツ「HAL」の開発者)によるトークも収録されていますので、是非最後まで動画をご覧いただけますと幸いです。
パネルディスカッションでまず口火を切っていただいたのは、京都大学名誉教授で、バイオ・ベンチャー企業のCEOでもある山口栄一先生です。
科学技術政策を専門とする学者は数多おられますが、山口栄一先生は間違いなくその第一人者で、特に先生のように基礎研究からイノベーション創出に至るまで一貫して論じられる方は他にいません。
物理学の研究者(ご専門は核融合)として日米英仏の名だたる研究所で活躍された後、ご自身で幾つものベンチャー企業を起こし成功されている科学者だからこそのリアリティと、問題の核心や本質を突く鋭さは格別です。
現在の日本の科学技術政策は大変残念なことに、基礎科学や研究開発の現場をまったく知らない、サイエンティストではない人物が指揮する構図となっており、研究者やイノベーターの肉声が構造的に政治の中枢にきわめて届きにくく、それが日本の研究力低下の元凶であると私は考えています。
山口先生のように、基礎科学からイノベーションまでご自身で経験し成功されている真のサイエンティストにこの国の科学技術政策をリードしていただけたら、日本も科学技術立国として甦ることができるのにと思うと、本当に残念です。
ちょっと脱線しましたがパネルに話を戻しますと、山口先生は2000年代初頭からの日本の研究力低下の原因として、「大企業の中央研究所の解体」と「国立大学独法化による運営費交付金の削減」の二点を指摘します。
たしかに各国の学術論文数をグラフ化すると、中央研究所の廃止が始まった1996年にそれまでうなぎ上りだった日本の上昇カーブが緩やかとなり、独法化が始まった2004年から下降へと転じています。
特に大企業の“頭脳”であった中央研究所の廃止は、日本のイノベーションにとって致命的であったと、山口先生は語ります。
なぜならイノベーションとは通常、一旦世に出ると初めのうちは容量を増やすとか、スピードを速くするといった開発現場でのバージョンアップで進化しますが、いずれそれが頭打ちになると、もう一度研究という土壌深くに潜って(=帰納)、他の様々な研究分野とも交流をはかりながら模索を続け(=創発)、やがてそこから社会の在り方に一大変化を与えるようなパラダイム破壊型イノベーションが生まれるものであるのに、大企業は研究の土壌である「中央研究所」、つまり創発の場自体を切ってしまったのです。
株主重視政策という政府からのお達しに従い、オープンイノベーションという流行り言葉に踊らされて、当時の大企業はすぐには利益を生み出さない中央研究所という無駄を切ったつもりだったが、実際には頭を切り取ってしまったと、山口先生は日本の研究力低下の背景を分析されました。
ここまでのお話を受けて、スピーカーは東洋大学総長の福川伸次先生にバトンタッチします。
福川伸次先生は、大平正芳総理秘書官、通商産業省事務次官、神戸製鋼所副会長、電通総研社長、東洋大学理事長などを歴任され、戦後日本の経済、教育、文化を常にトップランナーとして牽引して来られた、今の日本には数少ない真の“重鎮”です。
今回、日本再生の命運を賭けたJVFのリスタートにあたり、なんとしても直接お話を伺いたいと思い登壇をお願いしました。
福川先生は、世界という横軸と歴史という縦軸の中で、日本がこれまでどのような道をたどり、今どのような位置に立っているのか、以下の11のデータを示しながら俯瞰的に解説されました。
・世界のGDPシェアの変遷(1820-2021)
・主要国の国際競争力とデジタル競争力の順位
・国連負担金比率の推移
・研究開発に関する主要な指標(研究開発費、研究開発費の政府負担割合、研究者数、博士号取得者、特許出願数、論文数シェア)
・業種別R&D投資日米構成比較
・技術別特許取得順位
・日米独の労働生産性比較
・時価総額ランキングの推移
・温室効果ガス削減率と経済成長の比較
・日本における留学生の派遣と受け入れの推移
・米国における海外からの留学生受け入れ数
福川先生は極力主観を交えず淡々と各データを解説されて行くのですが、伺っているうちに、かつては数多くの分野で世界の頂点をきわめた日本が、やがて斜陽化し、いつしか凋落と言わざるを得ないところまで転落してしまった様が、まざまざと浮き彫りにされて行きました。
10分程度に凝縮された福川先生のプレゼンが終わると、自然と会場から感動の拍手が湧き起こりました。
私も熱いものが胸に込み上げていたのですがナビゲーターとして、「先ほど山口先生が中央研究所廃止のくだりで、『無駄を切るつもりが頭を切ってしまった』と語られましたが…」と水を向けると、福川先生は間髪入れず次のように語り出しました。
「『魚は頭から腐る』とはロシアの諺ですが、はたして本当にそうなのか確かめたいと思い、ある日漁港に行って漁師に尋ねました。
すると漁師はこう答えました。『魚というのは、頭もエラも腹わたも一斉に腐る』と。
つまり、政治も企業も官僚も、慢心した途端に一斉に腐り出したということです。」
91歳の今に至るまで、世界という舞台の第一線で勝負し活躍され続けて来た知の巨人の、まさしく寸鉄人を刺す一言に、胸が打ち震えた瞬間でした。
3人目のパネリストである波頭亮先生は、経済評論家という視点から、この30年間に日本がたどって来た衰退の道のりと、現在の世界における立ち位置を、詳細なデータとともに明らかにして下さいました。
それによると、OECD各国の名目GDP平均成長率(1995-2020)が3.3%であるのに対し、日本はマイナス0.39%、一人当たりGDPもOECDの中で日本だけがマイナス成長。
この間の日本の成長率は世界190ヵ国中170位台と、内戦国であるスーダン、リビア、ソマリア、シリアなどと同程度とのことでした。
さらに日本の国力低下は経済面にとどまらず各方面に至っており、世界大学ランキングでも、2004年には12位に東大、29位に京大がランキングしていたが、2022年になると東大は35位、京大は64位と、TOP50にランキングされた大学はたった一校のみ。
また主要国の重要論文数の推移を見ても、日本は3位から6位へとアカデミアの競争力も低下していました。
ここで波頭先生は、こうした結果をもたらした日本の政策について、「教育への投資」と「税制」という二つの点に大きな問題があったと指摘します。
GDPに占める公的教育費の割合を見ると、OECD平均は5.3%に対し日本は3.4%で、日米英仏独韓の6カ国中で最低。
政府支出全体に占める公的教育費の割合も、OECD平均は11.9%に対し日本は7.3%と、やはり6カ国中で最低。
国民経済において最もROI(投資利益率)が高いとされる教育への投資を軽んじて来たことが、日本の国力低迷の原因であると波頭先生は指摘します。
またこの30年間の税制政策について、法人税の軽減と消費税の増税を繰り返した結果、1995年に法人税収の半分だった消費税収が、2020年には法人税収の約2倍となり、個人の賃金所得は減り続け、企業収益は拡大。
同じ25年間に国民平均所得は7.9%減少したのに対し、法人の経常利益額は2.4倍に増加。
しかし日本企業はその利益を国内投資や社員の給与上昇には振り向けず、もっぱら配当金の増額に充て、同25年間で配当額の伸びはなんと5倍以上。
しかもこの間に日本企業における外国人株主のウエイトは1割から3割に上昇、有配企業だと外国人株主の割合は50%にも及び、つまり配当の多くが海外に流出!
国内の労働者賃金は抑えられ、企業の売り上げは外国へと上納されている日本の実態はまさに植民地政策だと、波頭先生は慨嘆されます。
では、こうした不条理な状況をどう改革すべきか、波頭先生は報道の自由度ランキングで世界71位(2022年2、議会選挙得票率で主要10カ国中ワースト2というデータを示された上で、最も重要なことは次の二点だと語られました。
① (不条理きわまる日本の実状を国民に伝える)「フェアな報道」
② 国民の主権者としての責任意識と効力感
さて、ここでパネリストからのプレゼンが一巡したわけですが、議論はここからさらにヒートアップして行きます。
続きは是非、以下のアドレスから動画でお楽しみ下さい。
編集部より:この記事は、畑恵氏のブログ 2023年7月9日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は畑恵オフィシャルブログをご覧ください。