フェムテックが今、注目を集めている。
さまざまなメディアでの特集、全国各地で行われる展示会やイベント、百貨店や商業施設に設けられたポップアップストアなど、何かと「フェムテック」という言葉に触れる機会が増えたと感じている方も多いのではないだろうか。
2021年には新語・流行語大賞の候補にノミネートされたことからも、世の中の関心が高まり、着実に認知を広げていることがうかがい知れる。
また、SOMPOひまわり生命が22年に実施した「日本のFemtech(フェムテック)市場の可能性に関する調査」注1)によると、フェムテックの認知率は5.7%と21年の1.9%から3.8ポイントアップした。
では、なぜ急速に注目度が上がったのか。今、フェムテック業界で何が起きているのか。そして、この先どうなっていくのか。こうした疑問に答えていく形で、フェムテックの概況を複数回にわたり伝えていこうと思う。
フェムテックの定義
さて、このフェムテックという言葉だが、その起源は月経管理アプリ「Clue」を展開するドイツのスタートアップのCEOイダ・ティン氏の発案といわれている。
同氏は、自らの新しい事業について投資家に説明する際に、テクノロジーを活用した女性のためのヘルスケアを表す言葉として、先行市場であるFinTech(フィンテック、金融サービスと技術を組み合わせた新しい事業領域)と同様に、女性(female)と技術(technology)とを組み合わせて、「Femtech」という造語を考え出したとのことだ。
フェムテックの主な領域としては、 月経、妊娠・不妊、産後ケア、更年期、婦人科系疾患、セクシャルウェルネスが挙げられるが、筆者が理事を務める一般社団法人メディカル・フェムテック・コンソーシアム(以下、MFC)では、フェムテックを次のように定義している。
「(生物学的)女性およびそのパートナーのウェルネス・セクシャルウェルネスにおける課題を解決するために開発された、テクノロジーを使用するソフトウェア、診断キットその他の製品およびサービス」
月経管理アプリ、吸水ショーツ、月経カップといったすでに多くの人が利用しているものから、おりものの状態を測定する機器、骨盤底筋を鍛える機器、スマート搾乳器、陣痛トラッカーといった新しい製品・サービス、さらにはセルフプレジャーアイテムまで、フェムテックに含まれるものは非常に幅広い。
「テクノロジー」という観点では、デジタルヘルス領域、具体的にはAI(人工知能)やチャットボットなどの技術を生かしたサービス、生体センシングを中心としたウェアラブルデバイス等から得られるPHR(Personal Health Record)の利活用などがあるが、これらは予防医療の観点からも期待される分野と言える。
また、フェムテックとともに語られる言葉として「フェムケア」があるが、特に日本ではテクノロジーに必ずしも当たらない製品・サービスも含めてフェムテックと呼ばれることが多く、現状、両者は厳密に使い分けられてはいない。
女性の健康課題に関心集まる
なぜ、フェムテックはブームとなったのか。まずはその背景にあるジェンダー平等や女性のエンパワーメントについて知る必要がある。
例えば、セクシャルウェルネスについて語ることはタブー視され、月経や更年期における健康課題などに関しても「我慢するもの」「仕方ないから」とやり過ごされる風潮があったが、欧米を中心に女性の健康課題を解決することを目的とするフェムテックとともにオープンな話題となった。
国内においても、20年にはナプキン、タンポンに続く「第3の生理用品」と呼ばれる吸水ショーツや月経カップを扱うスタートアップが台頭し、フェムテック振興の先導役となったことからも、同様の流れを汲んでいると言えるだろう。
社会として女性の健康課題にどう取り組んでいくべきかについて、これまで必ずしも広く議論されてこなかったが、こうした動向に関心が集まり、関係省庁も女性活躍・男女共同参画を推進するための方策として、制度上の対応を検討する動きが活発になったのである。
特に、「月経に伴う症状」「不妊治療・妊活」「更年期における諸症状」の分野が注目され、女性活躍推進という観点では、女性の社会的・経済的活動に支障が生じたり、昇進を諦めたり、離職を余儀なくされたりといった課題を解決するために、企業による製品・サービスの開発・提供、女性従業員を雇用する事業主の取り組みも進んでいる。
経済産業省は、21年度から「フェムテック等サポートサービス実証事業費補助金」の間接補助事業を公募し、フェムテック企業と導入企業、自治体、医療機関等が連携して、働く女性の健康課題等を解消するためのサポートサービスを提供する実証事業を開始した。
オンライン健康相談、妊活サポート、低用量ピルなどのオンライン処方などのサービスが福利厚生や独自の制度として導入されるケース、さらにはプレコンセプションケア(将来の妊娠を考えながら自分たちの生活や健康に向き合うこと)の一環として、卵子凍結やホルモン検査のサービスを提供する企業なども出てきている。
特定非営利活動法人日本医療政策機構の調査によると、月経前に生じるPMS(月経前症候群)および月経に伴う諸症状のために、半数の女性が元気な時に比べて働くパフォーマンスが半分以下になると回答しており注2)、働く女性のパフォーマンスが低下することによる経済的損失額は約4900億円と見込まれている注3)。
また、5.5組に1組の夫婦が不妊治療を受けている、または受けたことがあるとされており注4)、不妊治療を経験した女性の23%が離職を経験し注5)、11%が仕事との両立が困難であるために不妊治療を断念した注6)とされている。
更年期に伴う症状についても、40歳以上で更年期障害や更年期症状があると回答した人のうち、仕事のパフォーマンスが半分以下に低下するという人が半数を占める結果となった注7)。
フェムテックによって、女性の健康課題は個人にとっての悩みであるとともに、企業としても取り組むべき重要な課題であることが可視化されたとも言えるだろう。
フェムテックの市場規模と経済効果
フェムテック市場は、米国を中心に16年頃からできた新興市場だが、その規模は25年には500億ドルへと成長するとの予測注8)もある。日本においても、19年から20年にかけて事業者数は倍増しており、スタートアップによる資金調達の動きも盛んになっている。
ただ一方で、矢野経済研究所によるフェムケア&フェムテックの市場調査注9)によると、21年は前年比107.7%の642億9700万円、22年度は同109%の701億1300万円と予測されているが、成長市場ではあるものの依然として大きく開きがあり、「500億ドル」という数字が独り歩きしている感があることは否めない。
では、国内におけるフェムテックはこの先どのように成長していくのか。経済産業省の見立てについて紹介しよう。
20年度に行われた経済産業政策局経済社会政策室によるフェムテック産業の実態調査注10)では、働く女性のライフステージに沿う形で「月経」「妊娠・不妊」「更年期」と三つの分野に分けて試算し、25年時点のフェムテックの経済効果を約2兆円と推計している。
この調査では、試算仮説・前提条件に示されている通り、あくまで働く女性の仕事におけるパフォーマンス改善や、退職・勤務形態変更そのものが減ることで生み出されるであろう「経済効果」として述べている。
つまり、フェムテック製品・サービスが普及することでできあがる「市場」についての話ではなく、世間の注目を集めているとはいえ、それがそのまま市場拡大につながるとは限らない点には留意したい。
海外のような規模感の市場にしていくためには、薬機法上の位置付け・承認プロセス、国民皆保険制度との兼ね合いなど、決して低くはないハードルがある。
実のところ、フェムテックが一過性のブームとして終わることなく、さらに発展して日本社会に根付くためには、産官学が協力して適切なルールの下で良質な製品・サービスを世に送り出し、健全な市場を育成していけるかどうかにかかっているのだ。
国も期待を寄せるフェムテック
日本の特徴的な動きとしては、政治の世界においてもフェムテックに注目する動きが活発になっていることが挙げられる。
その代表的なものとして、20年10月に設立された、フェムテックに関心を持つ自民党国会議員の有志による「フェムテック振興議員連盟」(以下、「議連」)がある。
この議連は、フェムテックについて二つの面から注目している。一つは、女性とそのパートナーがフェムテック製品・サービスの利用を通じて豊かな人生を送れるようになること、もう一つは、産業としてのフェムテックが日本経済の一つの柱となる可能性があること。
フェムテックという新しい市場が健全に成長するために必要なルールの整備や、規制緩和等の政策を推進することを目指し、大きく3本の柱を掲げて議論を進めている。
1、先進的な技術で、⽣理期間を快適に過ごせる社会に
2、不妊治療を含む妊活を⽀援することにより、⼦どもを望む⼈が希望を実現できる社会に
3、更年期の諸問題を解決し、社会・経済のリーダーとなる世代がより活躍できる社会に
これらに関する課題解決に政策的にどのように取り組むべきか、厚生労働省、経済産業省等の関係省庁やフェムテック事業者らとともに検討を重ねている。
21年3月には、良質なフェムテックの普及に向け、新しい製品・サービスが薬事制度上どのように位置付けられるのか、官民で連携して早急に協議すべきとする第1次提言がとりまとめられ、内閣官房長官をはじめとする政府幹部等に提出された。
こうした議連の活動を反映して、政府としてもフェムテックに取り組む姿勢が示された。21年6月18日に閣議決定された、政府の重要課題や予算編成の方向性を示す「経済財政運営と改革の基本方針2021」、いわゆる「骨太の方針」では、初めて「フェムテックの推進」という文言が盛り込まれた。
翌22年6月の骨太の方針にも「フェムテックの更なる推進」という言葉が盛り込まれ、また、「女性活躍・男女共同参画の重点方針2022」(女性版骨太の方針)にも具体的な政策について言及しており、引き続き政府においてフェムテックに取り組む姿勢が示されている。
次回以降、議連にて議論されている内容や、そこから導き出された提言の中身、実行された政策等について詳細に紹介したい。
(時事通信社「厚生福祉」2023年6月6日号より転載)
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注1)SOMPOひまわり生命 健康応援リサーチ「日本のFemtech(フェムテック)市場の可能性に関する調査」第3回
注2)日本医療政策機構「働く女性の健康増進調査2018」
注3)経済産業省「働き方、暮らし方の変化のあり方が将来の日本経済に与える効果と課題に関する調査報告書(概要版)」
注4)厚生労働省「事業主・人事部門向け不妊治療を受けながら働き続けられる職場づくりのためのマニュアル」
注5)厚生労働省「不妊治療との仕事の両立について」
注6)厚生労働省・前掲・注5
注7)日本医療政策機構・前掲・注2
注8)米国コンサルティングファーム フロスト&サリバン社調査より
注9)矢野経済研究所「フェムケア&フェムテック(消費財・サービス)市場に関する調査を実施(2022年)
注10)経済産業省・前掲・注3