今日は酷暑の中、公園に出かけた。先週は木曜日の朝6時に家を出て東京への日帰り出張、金曜日から土曜日にかけては婦人科腫瘍学会で松江に出張した。疲れが溜まっている時には大汗をかけばすっきりすると思って散歩に行ったのだが、この暑さはやはりきつかった。フラフラになりかけていた時に、長い人生で見たことのない蝶々のようなトンボのようなものを見かけて思わずカメラを構えた。
この昆虫はチョウトンボと呼ぶことが、家に帰って調べて分かったが、一部透明な部分もあり、きれいなトンボだった。日本では蝶蜻蛉とも呼ぶそうだが、一生に一度のものを見て得した気分だ。たぶん、二度と目にすることはないだろう。もっといいカメラを持っていけばと少し後悔した。
話を表題に戻すと、出張の機中で、Nature Reviews Drug Discovery誌に掲載されていた「The case for cell-penetrating peptides」という「an audience with」欄の記事を読んで印象的だった。特に、ペプチドがベータ・カテニンを標的にしているという部分が頭に残った。
タイトルは「細胞内に入り込むペプチド」だが、このペプチドの利点は、タンパク質とタンパク質の結合を阻害して特異的な機能を発揮ので、多くの病気の治療につながる大きな可能性を秘めている。
私たちが1991年に報告したAPC遺伝子は家族性大腸腺腫症の原因遺伝子だが、遺伝性でない大腸ポリープや大腸がんの70%前後で異常を起こしていることがわかっている。発見した当時は何をしている遺伝子かわからなかったが(今でも全貌はわかっていないが)、APCが失われたり、機能しなくなると、ベータ・カテニンが細胞の中に蓄積し、それが核に移行して、増殖シグナルを活性化することが知られている(APCタンパクは細胞内のベータ・カテニンの分解に重要だ)。
ベータ・カテニンそのものに異常が起こるとがん遺伝子産物として働くことも報告されている。大阪大学と併任している時に、当時の助手だった三好康雄先生(現・兵庫医科大学教授)と大学院生の長澤先生が異常を起こしたベータ・カテニンを細胞に遺伝子導入すると、コンタクトインヒビッションが失われることを報告している。
一般的にがん細胞であっても、培養している皿に横に広がっていっぱいになると増殖が止まる(細胞同士が接触(コンタクト)すると、増殖を停止する(インヒビッション))のだが、異常ベータ・カテニンが作られていると細胞が多層に積み重なって増えてくるのだ。
前置きは長くなったが、ベータ・カテニンと結合するタンパク質も見つかっているおり、ベータ・カテニンがそれらのタンパク質と結合するのを防ぐとがん細胞の増殖が止まるのだ。われわれも研究を続けていたが、ぺプチドは不安定なので、それを治療に使う発想はなかった。しかし、技術が進歩し、ペプチドを安定化させる技術、ペプチドを細胞内に送り込む方法も進んで、この記事に至ったのだと思う。
しかし、ペプチドをがん細胞だけに送り込むのには、まだ、壁があるし、正常な細胞にも悪い作用をするのでは、など不安は残る。と言って躊躇っていても、技術は進み、今日の不可能が明日は可能になるのが現実だ。エビデンスがないと、批判している間に、海外では革新が起こることをわれわれは体験しているはずだ。
それにしても今日はいい写真がたくさん撮れた。
編集部より:この記事は、医学者、中村祐輔氏のブログ「中村祐輔のこれでいいのか日本の医療」2023年7月17日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。