事故の概要
2022年9月24日の午後1時頃、静岡県裾野市の裾野市民文化センター大ホールで開放型スプリンクラー設備が突然作動し放水を始めて、舞台上で1時間後のコンサートに向けて準備を進めていたシンフォニエッタ静岡の関係者60名が被害にあってしまった。
1人が骨折し4人が軽傷、さらに弦楽器、管楽器、打楽器および楽譜など合わせて100点以上に損害が出た。さらに裾野市が所有するピアノおよび舞台上の設備にも被害が出ている。
事故原因については裾野市が「人為的操作の可能性」を主張する一方で、シンフォニエッタ静岡は「設備の瑕疵による誤作動」を主張している。
裾野市は工学系の大学教授2名、設備業者1名、弁護士1名の委員4人で構成する事故調査委員会(以下「市事故調」)を設置して昨年11月から調査を行っていた。被害を受けたシンフォニエッタ静岡側も事故被害検討委員会(以下「楽団」)を立ち上げており筆者はその委員会で技術的な検証を担当している。
市事故調の最終報告と市長の発言
2023年6月27日に市事故調は裾野市への最終報告を行っているが、以下は静岡朝日テレビの当日の記事からの引用である。
原因として可能性が指摘されていた配管内の水漏れは「誤作動を起こし放水につながる水量には達していなかった」。一方、メーカーがバルブを取り外して行った本体の調査では、内部に傷を発見し、そこからわずかな時間で放水の解放弁が作動してしまうほどの漏水が確認されました。調査結果に矛盾があり、また当時の状況を再現することが難しく、これ以上調査ができないことから事故調査委員会は次のように結論付けました。「本件事故の原因は特定できない。ただし、本件事故が人的な操作以外で発生した可能性は排除できないということになります」。
市事故調の最終報告を受け翌日に裾野市は臨時会見を開いている。以下の村田悠市長の発言は静岡朝日テレビの6月28日の記事からの引用である。楽団との協議について村田市長は
本件の解決のためシンフォニエッタ静岡への和解金の支払いに向けて協議を申し入れたいと考えております。
と発言しており、事故原因について
原因を特定することが出来なかったものの市に瑕疵があったかどうか判断できないため。
と発言している。
楽団は市事故調の調査を「茶番」と批判
一方被害を受けたシンフォニエッタ静岡の反応としては、中原朋哉芸術監督の以下の発言が静岡放送(SBS)の7月7日の記事で紹介されている。
裾野市の事故調査委員会は7か月もの時間と多額の公金を投入した。裾野市と点検業者による茶番劇だったということはしっかり言っておきたい。
この発言だけを切り取って過激な発言をしていると思われる方もいるかもしれないが、調査自体を「茶番」であったと考える理由について、テレビや新聞の報道では正確に伝わっていないものと思われるので本記事にて説明する。
誤作動がおこり得ることとその原理について見解は一致している
事故当初は一部マスコミによって裾野市が「人為的操作以外はあり得ない」という主張をしているという報道がなされたが、現在では「加圧用配管が充水・加圧されれば誤作動は起こり得る」ことをこの設備の点検管理を長年担当している日本ドライケミカルが2023年1月26日付けで楽団に送付した文書において認めている。
問題は加圧用配管内に十分な漏水が発生する可能性があったかという点である。十分な漏水が発生することを確認できれば誤作動の可能性が高いということになるが、逆に漏水が全く発生しないことを確認できれば誤作動は起こり得ないということになる。
市事故調の漏水量調査
市事故調の最終報告書および添付資料が裾野市のホームページに掲載されている。
争点となった加圧用配管内への漏水量調査について市事故調は2つの調査を行っている。
1つは市事故調が自ら裾野市民文化センターのスプリンクラー設備を使用して約1か月間かけて行った調査であり、もう1つは第三者であるバルブメーカーの(株)キッツに漏水原因として疑われるバルブを持ち込んで行った調査である。
その結果、市事故調が自ら行った調査結果は「漏水はあったが誤作動に十分な量ではなかった」となり、(株)キッツの調査結果は「誤作動に十分な多量の漏水があった」となった。
市事故調は第三者でなければ専門家でもない
実は市事故調はスプリンクラー設備の点検管理を長年行っている日本ドライケミカルとニッセー防災を調査当初から参加させており調査実務に深く関与させている。市事故調はこの2社から考えられる事故原因について意見を聞き、調査方法について提案をさせ、現地での作業実務を全て任せている。
懸案の漏水量調査に至ってはこの2社が計画立案し、調査を実施し、報告を行っており、市事故調の委員2名が現場立ち会いをしたのは全5回の漏水量測定のうち4月6日の1回のみであった。これらの事実は市事故調の議事録を読めば容易に確認ができる。
さらに市事故調は2社の設備点検管理におけるヒューマンエラーの可能性については一切言及しておらず、設備点検管理においては全く過失がなかったという前提で最終報告がされている。
また市事故調にこの調査を行うための専門性を持った専門家はいない。静岡大学の近藤淳教授はセンサーの専門家であり静岡理工科大の丸田誠教授はコンクリートの専門家である。本来この調査を行うために必要であった水力学(流体力学)の専門家はおらず、水力学を理解していなかったために重要な部分での明らかな間違いがいくつかみうけられる。
不可解な理由で(株)キッツの調査結果を否定
市事故調の報告書(最終報告)を読むと2つの理由を挙げて(株)キッツの調査結果を否定しているが、これらは明らかに誤りである。
1つ目は「取り外したバルブであること」であり2つ目は「最終点検日からわずかな期間で放水に至ることになって不自然」である。
1つ目の理由について「バルブ内が乾燥し弁座シール面のシール性が低下した」とあるが、これらのバルブは加圧用配管内への漏水が全くない状態であれば(設備設置当初など)数か月間も乾燥した状態で使用されていたものである。ごく短期間の乾燥でシール性が大幅に低下するのであればとっくに低下していたのではないか。この理由は漏水量が17~95倍違う理由の説明とはなっていない。
2つ目の理由について、漏水で加圧用配管がゆっくり充水される際、バルブからの累積漏水量つまり加圧用配管へ累積流入水量がある量(市事故調の報告書によると9.4リットル)に達した瞬間に一斉開放弁が開いて放水に至ると考えているのであればこれは誤りである。
手動起動弁やテスト用加圧弁を全開にして一気に充水する場合と違って、漏水によってゆっくりと加圧用配管が充水する場合、加圧用配管内が十分に充水されても圧力が一斉開放弁を開放する圧力(市事故調の報告書によると0.3~0.4MPa)まで達しないことが考えられる。バルブからの累積漏水量がどれだけ増えても加圧用配管がこの圧力(0.3~0.4MPa)に達しなければ一斉開放弁は開放しない。
楽団は市事故調の調査から排除され独自の漏水量調査は「なかったこと」にされた
市事故調の調査開始当初から楽団は完全に排除されており意見を述べることも提案をすることも現地調査に立ち会うことも許されなかった。この調査は一方の当事者を調査に深く関与させておきながらもう片方の当事者を完全に排除するという不公平極まりない調査となっている。
実は楽団も同様の漏水量調査を2月22日に現地で独自に実施しており、裾野市職員9名以上、ニッセー防災役員1名、日本ドライケミカル社員3名、指定管理者5名の立ち合いの下、全作業について裾野市職員に動画撮影をされる中で調査結果を得ている。バケツに水が溜まる様子が市職員のカメラで最初から最後まで動画撮影されており全く不正の余地がない状況で調査が行われた。
市事故調、(株)キッツ、楽団の結果を比較すると楽団と(株)キッツの漏水量が近い一方、市事故調の漏水量は著しく少ない。楽団の結果を加えた場合、(株)キッツの結果を否定した前述の2つの理由が否定され、反対に市事故調の漏水量が不自然に少ないとなる。市事故調の報告書では楽団の調査について一切触れられておらず調査自体が「なかったこと」にされている。
市事故調の漏水量調査結果は理論的にあり得ない
バルブからの漏水量(cc/日)は流量の式Q=CV√P(Q: 流量、CV: 定数、P: 水圧)から推定される。市事故調の添付資料13に約1か月間かけて行った調査の際の水圧の測定値および3階での推定値があるが、3階での水圧(推定値)は調査開始時の0.78MPaから漸減していって調査終了時には0.61 MPaとなっている。この条件においてはバルブの傷が変わらなければ漏水量は調査期間中ほぼ一定で漸減していくはずである。
一方、市事故調測定結果(添付資料18-1①)を見ると漏水量が大きく変動している。計5回漏水量の測定を行っているが、急に前週の10倍以上に増加した後で翌週には1/4以下に激減したり、漏水量がゼロになった後にまた増えたりしている。またある系統の漏水量が増えているときに別の系統の漏水量が減っているなど規則性がない。ちなみに漏水量が前週から10倍以上になるには水圧が前週から100倍以上にならないといけない(バルブの傷が変わらないとすると)。
市事故調のこの測定結果は物理学の理論上絶対にあり得ないものである。一般に実験等の結果としてこのように絶対にあり得ないデータが得られた際の対処方法は2つ考えられる。1つは実験自体を何度かやり直してみて同じ結果となるか再現性を確認すること。もう1つは、時間の制約等があって実験をやり直すことができない場合等で、このデータを除外することである。
しかし市事故調の対応は違っていた。あろうことかこの明らかに異常かつ一方の当事者に有利となる(かつその当事者が調査の実務を担っている)データをそのまま採用して最終的な結論の根拠としたのである。市事故調には前述のとおり水力学の専門家がおらずこのデータが明らかにおかしいことを見抜けなかったのではないか。
市事故調の漏水量調査は公正に行われたか?
このように明らかにおかしな(異常に少なすぎる)結果となってしまった原因としては加圧用配管内に溜まった水が加圧用配管の外に漏れていて計5回行われた測定の際に漏水量を正確に測れなかったことが考えられる。
一番疑われるのが漏水量を測定する際に開閉を行った排水バルブからの漏れである。漏水量の測定は初回も含めると計6回行われているが、測定作業後にこの排水バルブをきちんと閉じていなければ溜まった水が床に漏れてしまって次回の漏水量を正確に測ることはできない(実際の量より少なくなってしまう)。
もしニッセー防災/日本ドライケミカルが意図的にこの行為を行ったとすれば不正に結果を操作したということになる。漏水量調査が正しく行われており、疑われるような不正や過失は一切なかったことを証明するのであれば、調査期間中の現場を連続で撮影した動画等を提出するべきではないか。
まとめ
市事故調は、まず事故の当事者であるニッセー防災/日本ドライケミカルを調査に深く関与させる一方で楽団を調査から完全に排除した理由を明確に説明するべきである。そして理論上絶対にあり得ずニッセー防災/日本ドライケミカルに有利となる漏水量調査の結果を排除するべきである。
また報告書内にある(株)キッツの結果を否定する理由を削除し、楽団が行った漏水量調査の結果を考慮しなかった理由を説明するべきではないか。最終結論については、水力学の専門家を入れて結論を出し直すべきである。
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牧 功三
米国の損害保険会社、プラントエンジニアリング会社、