ロシアのプーチン大統領は民間軍事組織「ワグネル」とその指導者、エフゲニー・プリゴジン氏による「24時間反乱」後、政権維持の重点を戦争反対の平和主義者や反体制派活動家対策から、戦争を支持しているが、そのやり方を批判する極右政治家、活動家の取り締まりに移してきている。あたかも、「プーチン帝国」を脅かす勢力はもはや平和主義者、民主主義者など「ハト派」ではなく、ひょっとしたらプーチン氏以上に強硬派、戦争推進者の「タカ派」勢力だといわんばかりに、だ。
プーチン大統領は昨年2月24日、ロシア軍をウクライナに侵攻させてから暫くは「特別軍事作戦」と呼んで、その軍事活動を国内ではトーンダウンして報じさせてきたが、昨年9月に「部分的動員令」を出し、ウクライナ軍との戦いが長期化し、ロシア兵の犠牲者の数も増える頃になって、ロシア国民は隣国ウクライナとの戦いが列記とした戦争であることが明らかになった。
それを鮮明にした出来事はやはり「プリゴジン氏の反乱」だ。それ以降、プーチン氏は反乱を唆したロシア軍幹部たちを拘束する一方、「ワグネル」の再編成に乗り出し、プーチン氏の戦争指揮を批判するタカ派の政治家、活動家の取り締まりに乗り出してきた(「反乱後の『プリゴジン帝国』の行方」2023年7月3日参考)。
ロシアのメディアが21日報じたところによると、元軍事情報官でドネツク人民共和国国防相に一時期就任したとがある超ナショナリストのイゴリ・ギルキン氏(52、別名ストレルコフ)が「過激主義を扇動した」という理由で拘束された。ギルキン氏はクレムリンのウクライナ戦争が「生ぬるい」としてロシア軍、そして軍の最高司令官でもあるプーチン大統領を批判してきた人物だ。ウクライナ戦争の扇動者であり、大ロシア帝国の再建を叫んできた過激な民族主義者だ。
独語圏の代表紙ノイエ・チュルヒャー・ツァイトゥング(NZZ)は21日付で、「ギルキンは2014年の春、ロシアの秘密情報機関の指示でドンバス地域でキエフからの分離支持者を扇動した張本人だ。彼はウクライナ上空でマレーシアの旅客機MH17を撃墜した責任により、オランダで無期懲役刑を受けている。87万5000人のフォロワーがいるテレグラムのチャンネルで、プーチンにより強硬な対応を求め、同じ考えの人々を『怒り狂った愛国者クラブ』に集めている」と紹介している。
ギルキン氏はこれまでクレムリンの支援を受け、フリーハンドで動くことが出来たが、プリゴジン氏の反乱後、状況は激変した。プリゴジン氏がプーチン氏の支援を受け「ワグネル」を設置し、ウクライナ戦争でもロシア正規軍とは異なり、一定の戦果を挙げたが、「ワグネル」をモスクワに進軍させたことを目撃したプーチン氏は、攻撃的で風変わりな超愛国者ギルキン氏の言動にプリゴジン氏と同じ血が流れていると感じたのかもしれない。ギルキン氏を警戒し出したわけだ。
プリゴジン氏はプーチン氏の料理人と呼ばれ、プーチン氏に忠実な人物だったが、ワグネルをスタートさせて以来、ロシア軍幹部への批判を強め、ショイグ国防相とゲラシモフ軍参謀総長の解任を要求して反乱を起こしたが、本人がいうようにプーチン政権の打倒は考えていなかった。一方、ギルキン氏はプーチン氏が始めたウクライナ戦争を支持し、擁護してきた。ギルキン氏はプーチン氏と同様、ウクライナの主権国家を否定している。その意味で、プーチン氏のナラテイブ(物語)に通じる世界観を有しているが、ウクライナ戦争が長期化するのにつれ、プーチン氏の戦争指揮が生ぬるいとしてプーチン大統領批判にトーンを高めてきた。プーチン氏から見た場合、ギルキン氏は明らかにレッドラインを越えてしまったのだ。
ギルキン氏は愛国主義者、保守的伝道主義者グループに一定の人気を有することから、戦争が長期間するのにつれ、プーチン氏にとって、NZZ紙がいうように、「不愉快な事実を広めるギンギン氏は不都合な存在となってきた」わけだ。
ただ、ギルキン氏が裁判で有罪判決を受けるならば、同氏への人気が逆に高まることが予想されるだけに、プーチン氏にとってギルキン氏拘束は非常に危険な政治的賭けとなるかもしれない。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年7月23日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。