「コーポレートガバナンス・コード」は、企業年金の資産運用に言及している。資産運用から得られる利益は、企業年金制度を維持する費用を削減させる効果があるからである。しかし、逆に、資産運用収益が低迷し、あるいは投資損失が発生すれば、費用を増加させるから、企業にとって、企業年金の資産運用は、意図しない費用の増加という不確実性の原因になる。
そこで、企業経営として、資産運用上の不確実性を受け入れることの合理性が問題にされ得る。そもそも、企業は、中長期的な利益をもたらさないこと、即ち企業価値の安定的な向上につながらないことに、経費を支出できないから、企業年金の維持費用を負担する限りは、それが企業価値の向上につながる経路を明らかにしておく必要があるわけだ。
企業年金が企業価値の向上に貢献しているのならば、その制度維持に関する費用が小さくなく、また大きな不確実性を伴うとしても、費用を上回る価値の創造がある限り、少しも問題ではない。逆に、企業価値の向上に貢献しないということならば、資産運用の問題以前に、制度自体の存続を見直すことこそが経営者に求められる。
企業固有の事情によって、企業年金が人事処遇制度として有効に機能することもあれば、そうでないこともある。また、制度設計と維持管理のやり方によって、企業年金の機能を十全に引き出すことも、逆に、企業年金に本来ある機能を破壊することもある。要は、企業年金を人事処遇制度として活かすことができるかどうかは、経営能力の問題なのである。
そこで、まずは、企業年金のもつ人事処遇戦略上の機能の理論的側面を明らかにし、そのうえで、その機能が有効に働く場面を検討する必要がある。論点は極めて単純かつ明瞭である。要は、企業として、従業員とは付加価値を創造する資産なのだと考えるかどうかに帰着するのである。
企業にとって、人的資源が資産ではなく単年度の確定費用として使い切られるものならば、企業年金は不要である。逆に、人的資源が長期的に価値を創造する資産であると考え、しかも時間の経過とともに熟練によって資産価値が増すと考えるのならば、企業年金は不可欠といっていいほどに重要なものになるわけだ。
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森本 紀行
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
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