市場の声でなく世論の声・社会の声に押された利上げ

物価高で国民の悲鳴が聞こえる

日銀は28日、長期金利の上限を「0.5%」から「1.0%」に事実上、引き上げることを決めました。植田総裁は市場機能の低下という副作用を減らすための「金融政策の柔軟化」が狙いだと、記者会見で表現しました。日銀関係者にしか意味が分からない悪文の典型です。

新聞の社説は「これまで以上に丁寧な説明が求められる」(朝日)、「市場が混乱しないよう、丁寧な情報発信に努めてもらいたい」(読売)、「市場との対話を尽くしてもらいたい」(日経)と、どこも同じような要求です。日銀が財政金融政策の正体(財政ファイナンスと円安誘導)を隠しておきたいから、こういう悪文を乱発しているに違いない。

私は「円安・物価高に国民は悲鳴を上げており、金融市場の声より、世論調査に見られる国民や社会の声に押された金利引き上げというのが実態」と思います。恐らく政治的な圧力もかかっているのでしょう。

植田和男日銀総裁と岸田首相 首相官邸HPより

岸田内閣に対する支持率6月は前月より6㌽も下がり、35%まで下がりました(読売新聞)。日経は39%、共同通信は34%など、同じように数㌽の下落し、政権発足以来の低迷です。

マイナンバーカードを巡るトラブルの影響に加え、物価高に対する国民の批判が支持率低下の原因だとみます。物価高に対する政府の対応を「評価しない79%、評価する15%」という数字がそれを物語っています。

大幅な値上げをした新聞社も複数あるため、新聞はその問題を大きく取り上げない。6月の消費者物価は前年同月比で3.3%も上がりました。第2次オイルショック(1981年)以来、41、42年ぶりの高い伸びです。

物価抑制のために、金利を5.25-5.50%まで引き上げた米国の物価上昇率は3%で、日本の上昇率のほうが高くなりました。日本はまだゼロ金利に近く、日米金利差から円安状態が続き、インフレを持続させる。

政府の物価抑制政策(財政支援)で1%ほど、政府発表より物価は低くなっており、実質では4%の物価上昇です。便乗値上げも疑いたくなる。せっかくの賃上げが物価上昇で実質ではマイナスです。生活に密着した食料品には10%以上、上がっている物が多い。

例えば、果物の輸入キウイフルーツはつい最近まで1個110円程度だったのが、安い店でも160円で、円安がもろに響いています。先日、お見舞いのフルーツゼリーを買ったら、1箱6個で3500円もしました。以前は2000円台でしたか。1個300円だったのが500円に値上がりしていました。

日銀の政策修正について、専門家の中には「想定外だった」(大和証券系)という人もいます。私はブログで「日銀は副総裁を使って金融政策の転換を示唆したとみる」(7月8日)と指摘しました。私にとっては「想定内」の政策修正です。

日経が内田副総裁との単独インタビューを大きく報じ、大きな解説記事をセットで載せ、その第1行目の表現はずばり「日銀が10年続けてきた異次元緩和の出口が近づきつつある」でした。日銀が事前に市場にシグナルを送ろうとしていた。そう考えた人は私を含めて多かったでしょう。

「実質的にYCC(長短金利操作付き金融緩和)の撤廃に近い決定だとみる。長期金利の上限は形骸化する。また、日銀は円安の抑制に動いた」(三菱銀行系)と、ずばりと直球を投げた専門家もいます。正論です。

米欧がインフレ抑制に全力投球し、米国は利上げの最終段階に入ったのに、日本だけが動かないわけにはいかなくなった。物価高の要因のうち、海外からの資源高の影響をできるだけ防ぐには円安阻止しかない。

とにかく日銀総裁の発言は悪文です。「緩和の縮小ではない。柔軟化することで政策の持続性を高め、目標へ到達できる確率を高める措置だ」という。「柔軟化」という金融造語はこれまであったのだろうか。

日銀は物価見通しを大幅に引き上げ、「23年度は2.5%、24年度は1.9%、25年度は1.6%」と修正しました。それなのに「2%目標の実現を見通せる状況にいたっていない」と、総裁は説明しました。実質で3、4%のインフレなのに「2%目標はまだ達成していない」という。

さらに、物価を1%程度、引き下げている政府の抑制策が廃止したら、1%程度、物価は上がります。24、25年度の物価見通しは、それを含んだうえでの数字なのか、肝心なことを説明していません。

とにかく金利を上げいき、景気が悪くなり、物価が2%を大きく割るようになったら、その段階で金利を引き下げに転じればいい。金融政策はそういう意味での「柔軟性」が必要なのです。

また、長期金利の上限を1%にしたのに、総裁は「1%まで上昇するとは想定していない。念のためのキャップとして1%とした」と、説明しました。金利の動きは市場に委ねるのが筋で、「日銀は1%までは想定していない」という必要は全くないのです。

日銀が沈黙している財政ファイナンス(国債の実質的な日銀引き受け)は、長期金利が上がっていけば、利払い費が増え、国債発行を抑制する効果があります。政府、日銀は「26年度には基礎的財政収支は黒字に転換」などと、実現が難しいスローガンを掲げるのではなく、もっとまともな財政健全化計画を示すべきです。


編集部より:このブログは「新聞記者OBが書くニュース物語 中村仁のブログ」2023年7月29日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、中村氏のブログをご覧ください。