“地球が沸騰する”って本当? 報じられないドイツの冷夏の話

川口 マーン 惠美

ドイツの首都ベルリン
bluejayphoto/iStock

夏も半分過ぎてしまったが、今年のドイツは冷夏になりそうだ。7月前半には全国的に暑い日が続き、ところによっては気温が40度近くになって「惑星の危機」が叫ばれたが、暑さは一瞬で終わった。今後、8月に挽回する可能性もあるが、7月後半は最高気温が30度に達する日がほとんどなかった。

ようやく学校の夏休みが始まったかと思った途端、何だか毎日肌寒く、天候が不安定で雨も多い。夏はドイツ人のこよなく愛する季節だというのに、これでは皆が心待ちにしているバカンスも台無しだ。

一方、南欧では異常な酷暑が続いているため、その報道を見た日本の知人友人がドイツも似たようなものだろうと思ったらしく、安否を気遣うメールなどが届いた。しかしその頃、こちらでは朝方の気温が13度ぐらいまで下がってしまったため、長袖のパジャマを引っ張り出していたのだ。

もっとも、冷夏というのは別に珍しいことでも特別なことでもなく、私の過去41年のドイツ生活でも何度かあった。ただ、異例なのは、今回はニュースがドイツの冷夏をスルーして、地球温暖化でまさしく“オーバーヒート”していることだ。

7月27日、世界気象機関(WMO)と、EUの気象情報機関「コペルニクス気候変動サービス」が、2023年7月の世界の平均気温が観測史上で最高となる見通しを発表。さらに同日、温暖化に関するハルマゲドン発言では超有名な国連のグテレス事務総長が、「地球が沸騰する」と恐い予言をした。

確かに南欧でも中国でもアメリカでも、そして日本でも例年にない異常な高温が続いているので、あちこちでセンセーショナルに報道されている「歴史に残る暑い年」は嘘ではない。グテレス氏も「これこそが気候変動で恐ろしいことだ。これは始まりに過ぎない」と言っている。

ひょっとすると私たちはとうとう、スウェーデンのグレタ・トゥンベリ氏が何年も前から予言していたにもかかわらず、なかなか到達しなかった“これを超えると一気に状況が悪化して後戻りのできなくなる地点”に行き着いてしまったのか? とはいえ、「今後数日間でミニ氷河期が来ない限り、2023年7月は記録を塗り替えるだろう」というグテレス氏の言葉は、おかしくないか? なぜ、「数日間にミニ氷河期」などという不自然、かつセンセーショナルな言葉を使わなければならないのか!

だいたい、それをそのまま報道するメディアもメディアだ。元々、ドイツの主要メディアはこれまでも、人間のこの100年間の営みのせいでCO2が増加し、それが地球の温度を押し上げ、このままではまもなく地球は人間の住めない惑星になるという恐怖のテーゼを主張し続けてきた。だから、7月の気温が観測史上最高になるという今、「それ見たことか」と言わんばかりに張り切っている。そんな中、ドイツの冷夏の話はせっかくの「記録に残る夏」に水を差すため、なるべく報じないらしい。

その代わりに熱心すぎるほど報道されたのが、ギリシャのロドス島の山火事。カナダの山火事のニュースにも、ウクライナ戦争にも動じず、あちこちにバカンスに繰り出そうとしていた矢先、旅行命(いのち)のドイツ人は、島の体育館で寝ているバカンスの姿を自分の身の上に投影して大ショックを受けた。

一方、政治家とメディアは、山火事の悲劇は温暖化が招いたものと決めつけている。ドイツでは今や、凶事は全てCO2か、もしくはプーチン大統領のせいだ。

ただ、山火事に関して言えば、猛暑だけで火は点かない。発火の原因は、85%はタバコや焚き火の不始末、送電線のスパーク、放火など、人間由来だそうだ。ただ、原因が何であれ、火は燃えるものがあるから広がる。だから、本来なら防火帯を作ったり、計画火災で木を減らしたりしなくてはならない。それを怠れば、一旦点いた火は乾燥や風でどんどん広がる。実際にロドス島でそれが起こった。

ただ、ギリシャでの山火事は珍しくない。15年も前から、夏になると必ずと言ってよいほど大規模な山火事が起こっている。そして燃えた場所には、なぜか2年後ぐらいに高級ホテルや高級マンションが建つという。建築許可の下りない自然保護地域も、いったん燃えれば規制が外れるから、燃えてもらうのが一番手っ取り早いらしい。しかも今なら山火事は温暖化のせいだ。

そういえば一昨年の7月、ドイツの河川の氾濫で130人が死亡したという痛ましい災害があったが、これも気候温暖化のせいにされている。しかし、根本的な原因は治水計画の不備(あるいは欠如!)であり、さらに犠牲がここまで膨らんだ直接の原因は、どう考えても、当日、警報や避難命令が遅れたことだ。氾濫前日から水位はどんどん上がっていたのに、人々は何も知らされず、明け方、寝ていたところを流されて命を落とした。しかもドイツの真ん中で。

要するに、気温が現在じわじわと上がっていることは事実だとしても、政治家は全てを人為的なCO2増加に押し付けて、脱炭素政策にのめり込みすぎだ。

ちなみに、今回、7月の気温についての壊滅的な見解を発表した世界気象機関(WMO)というのは国連の専門機関で、グテレス氏のお膝元だ。つまり、やはり国連の下で、多くのデータを駆使して人為的温暖化説を主張している気候変動枠組条約締約国会議(COP)と同じ根っこの機関だ。

また、もう一方の「コペルニクス気候変動サービス」はというと、EUの管轄下にある地球環境モニタリングのための主要プログラム。EUも、何が何でも脱炭素政策を進めようという過激派議員が勢揃いしている点では、国連に負けない。特に現在の欧州委員会のフォン・デア・ライエン委員長がハードコアで、就任早々、ヨーロッパを脱炭素を達成した世界で最初の大陸にするのだと宣言した(ただ、フォン・デア・ライエン氏に限って言えば、全て口先だけなので当てにはならない)。

それどころか「コペルニクス気候変動サービス」のディレクター、ブオンテンポ氏は、今年の7月は気候観測始まって以来どころか、過去10万年で一番暑い7月だろうと言った。時間の枠がいきなり1000倍に膨らんだわけだ。

その他、この日には、先日シチリアで記録された40度という記録は、実は地表で測ったものだったという訳のわからないニュースもあった。こうなると、どこのメディアも、一番センセーショナルなタイトルをつけた記事を、なりふり構わず発信しているように見えてくる。学究の国ドイツはどこへ行ってしまったのか?

ただ、25日(つまり、まだ世界気象機関やコペルニクスがセンセーショナルなニュースを出す2日前)、オンライン天気予報の大手wetter.comのタイトルは、「2023年7月の天気:月末も夏の温度にならないままか?」だった。なお、翌26日には、やはりオンライン天気予報のdaswetter.comも、「200リットル超の雨:2023年のドイツの夏は夏休みの真っ最中にもう終わったのか?」というタイトルで、「夏はまだ半分も過ぎていないというのに、天候は完全に回れ右。今後は寒く、強風、そして雨」と淡々と書いていた。天気予報だけは正直である。

なお、本稿を書いている本日7月30日は、私のいるライプツィヒでは最低気温が15度、最高気温が24度で、雨が降ったり止んだりだったから、この予想はピッタリ当たっている。

ただ、もし、そのうち今年の“冷夏”が確定したら、政治家と主要メディアは、「気候変動による異常気象だ!」と主張するだろう。CO2増加のせいで、暑くても異常気象、寒くても異常気象というのが、ドイツの苦悩の夏である。