企業年金には人事処遇戦略上の重要な機能がある。人的資源が長期的に価値を創造する資産であると考え、しかも時間の経過とともに熟練によって資産価値が増すと考えるときに、企業年金は、企業にとって、不可欠といっていいほどに重要なものになるわけだ。逆に、人的資源が資産ではなく単年度の確定費用として使い切られるものならば、企業年金は不要なのである。
もちろん、産業構造によって人の熟練のもつ意味は大きく異なるから、企業経営にとっての企業年金の意義も様々である。しかし、普遍的にいえるのは、人間の価値創造の能力こそ産業の基盤であり、その能力の開発に企業の競争力の本質があるということである。その視点から企業年金のもつ意義が再認識されたとき、その限りにおいて企業年金は存立し得るのである。
更に、企業年金には、処遇としての純経済価値を超えた非経済な価値がある。年金の現価総額を前払いと称して月例報酬に上乗せすれば、等価交換の経済取引にすぎないが、年金には特別な意味が付加されているわけである。つまり、企業年金は、理念として、人と企業との間の退職後も続く特別な関係を前提に、そこに企業は人を大切にする思いを籠め、その対価として勤勉や精励を得るものなのである。
また、「コーポレートガバナンス・コード」には、「上場会社は、企業年金の受益者と会社との間に生じ得る利益相反が適切に管理されるようにすべきである」とある。ここでいう利益相反とは、企業年金資産の運用委託先の選定において、母体企業と親密な関係にある金融機関の系列の投資運用業者が採用されている実態をいう。いうまでもなく、本来は、専らに企業年金の受益者である従業員と年金受給者の利益のためにのみ、企業年金を管理運営しなければならないはずなのであるが、現実は、大きく乖離しているのである。
人間を単なる費用としか考えない企業、企業年金資産を取引先金融機関との関係維持のために利用する企業に、誰が勤めたいと思うのか。人材市場で競争力を失ったとき、企業は競争力そのものを失う。「コーポレートガバナンス・コード」における企業年金に関する原則は、そのことに注意を喚起しただけである。要は、企業年金に企業の品位品格が現れるわけだ。
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森本 紀行
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
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