ロシアの現状「日露戦争」時と重なる

ローマ・カトリック教会総本山バチカン教皇庁はウクライナ戦争への独自の和平案(通称「7項目和平案」)を作成済みという。それによると、①ウクライナは中立国となる、②北大西洋条約機構(NATO)の加盟国とはならない、③(その代わり)欧州連合(EU)加盟への具体的なオファーを得る、④国連安保常任理事国(米英仏ロ中)の5カ国にEUとトルコを加えた国がウクライナの主権と領土統合を保障する、⑤クリミア半島は戦争が停戦するまでロシアが当分管理する、⑥ルハンスク州とドネツク州はウクライナに留まるが自治州とする、といった内容が核となっている。

フランシスコ教皇と会談するゼレンスキー大統領(2023年5月13日、ウクライナ大統領府公式サイトから)

以上の内容を見れば、⑤と⑥の内容はウクライナのゼレンスキー大統領にとって現時点では絶対に受け容れられないだろう。ロシア軍の侵略を容認する一方、ウクライナ東部2州の自治州化は両州がウクライナ領土内に留まるとしても、将来の紛争再発の原因を残すことにもなるからだ。バルカン半島のセルビアとコソボ自治州を思い出すだけで十分だろう。コソボ自治州はセルビアから離脱し、最終的には独立国となった。⑤と⑥の和平案をウクライナ側が容認できるならば、戦争は既に停戦できただろう。

それ以外の和平案はどうか。ウクライナのNATO加盟は戦争中も戦争後もロシアが反対している限り、考えられないし、ロシア側もウクライナのNATO加盟は戦後も認めないだろう。そこで中立国化という案が出てくる。換言すれば、このコラム欄でも書いたが“ウクライナのオーストリア化”だ。北欧の中立国フィンランドとスウェーデン2カ国がロシア軍のウクライナ侵攻を受け、中立主義を放棄してNATO加盟を決断したが、オーストリアはスイスと共に中立国のステータスを堅持している(「ウクライナの“オーストリア化”が浮上」2022年4月11日参考)。

ウクライナはNATO加盟を断念する代わりに、ブリュッセルにEU加盟を加速化させるというわけだ。EUはNATOとは違い軍事同盟ではないが、ロシアもEU加盟国を侵略するという冒険は難しいから、現実的にはウクライナのEU加盟はNATOの準加盟国化を意味する。問題はハンガリーなど27カ国から成るEU加盟国内でウクライナの早期加盟には抵抗があることだ。そのうえ、ウクライナと同様にEU加盟を申請し、加盟国候補国となっているバルカン諸国から「ウクライナだけを特例扱いするのは許されない」といった声が出てくるのは必至だ。EU本部のブリュッセルの外交手腕が問われることになる。

ウクライナ側の懸念を払しょくするうえでも、④の内容は重要だ。ただし、国連安保常任理事国には戦争の張本人のロシアと、モスクワを支援する中国が入っていることだ。中国側がロシアを説得しない限り、その内容は空文に過ぎない。

ローマ教皇フランシスコがウクライナ戦争の早期停戦、和平実現に心を砕いてきたことはよく知られている。フランシスコ教皇は5月13日、イタリア訪問中のゼレンスキー大統領と会談した。ウクライナ戦争の和平ではゼレンスキー氏と教皇は決して同一の立場ではない。最大の問題は、ウクライナ戦争の和平調停について語る時、教皇はロシアを戦争の加害国であると明確には非難してこなかったことだ。

教皇の和平外交では、キーウとモスクワは対等の交渉相手だ。だから、フランシスコ教皇が調停役を演じるためにはキーウとモスクワの間で「中立的な立場」を維持することが前提条件となる。一方、ゼレンスキー大統領はフランシスコ教皇との会談後、テレビとのインタビューの中で、「ウクライナには調停者は必要ない」と明言している(「ゼレンスキー氏『教皇の調停不必要』」2023年5月15日参考)。

フランシスコ教皇は過去、ロシア軍の「ブチャの虐殺」や民間施設への砲撃などを非難したが、戦争がロシアの軍事侵略から始まったという認識が薄く、戦争両成敗といった姿勢が強い。ロシア軍の攻撃で多くの犠牲者が出ているウクライナにとってそのような態度は甘受できないわけだ。

教皇は6月に入ると、イタリア教会司教会議議長のマテオ・ズッピ枢機卿を教皇特使に選出している。教皇の願いを受け、同枢機卿は6月6日、キーウを2日間訪問し、ゼレンスキー大統領と会談し、6月29日にはモスクワでロシア正教会最高指導者、モスクワ総主教キリル1世と会談した。その後、同枢機卿は7月17日にワシントンに飛び、18日にバイデン米大統領と会談し、教皇の親書を手渡し、バチカンの和平案について協議を重ねた、といった具合だ。

バチカンのウクライナとロシア間の調停外交について、イタリアのバチカン問題専門家マルコ・ポリティ(Marco Politi)氏は独週刊誌「シュピーゲル」(7月29日号)とのインタビューの中で、「多くの軍事専門家はロシアは既にウクライナとの戦争で敗北していると見ている。ロシア軍の現状は悲惨であり、情報機関も同様だ。モスクワの戦略も不十分だ。民間軍事組織『ワグネル』とその指導者、エフゲニー・プリゴジン氏による『24時間反乱』はロシアの脆弱さを鮮明にした。軍人専門家はロシアの現状をロシアと日本との戦争「日露戦争」(1904~05年)時と重なると受け取っている。大国ロシアが突然、敗北したのだ。その敗北は劇的な結果をもたらした。ロシア革命(1917年)だ」と説明、「敗戦後、現在のロシアでどのような状況が生まれてくるか分からない。それゆえに、フランシスコ教皇は無条件のウクライナ支持の西側のナイーブで過剰な愛国主義を警告しているわけだ。敗北という屈辱を強いられたロシアは分裂し、壊滅的な結果が生まれてくるかもしれないのだ」と解説している。バチカンが中立に拘る背景が少し理解できた。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年8月7日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。